マドンナ/アメリカン・パイ (2000)

【カバーの快楽】
 Madonna
American Pie (2000)

マドンナは多面体のアート作品のように、さまざまな貌を持ち、さまざまな輝きを放つ。

容姿も声も極めて美しいのにどこかB級感もあるし、強くもあれば脆さもあり、スーパースターだがポルノスターみたいでもあり、セレブなのにその日暮らしみたいでもあり、知性があり、ユーモアがあり、サドであり、マゾであり、ポップであり、ロックでもある。

すべてを兼ね備えた、米国ポップ・ミュージックのシンボルみたいなスターだ。

この「アメリカン・パイ」はカバー曲ではあるが、実はわたしがマドンナで一番好きな曲がこれだ。

オリジナルは、ドン・マクリーンが1972年にリリースしたシングルだ。ドーナツ盤の裏表を使った8分36秒という長い曲だが、全米年間チャートで3位になるほど大ヒットした。

この曲はロックンロールが誕生した1950年代後半から1970年までのロック激動期の時代について歌った歌だ。

1950年代の「音楽を聴いて幸せになれた時代」から、ずいぶんロックンロールは変わってしまった、昔のアメリカらしさは失われてしまった、と嘆くような内容である。

1959年2月3日に起きた悲劇、当時人気絶頂だった若きロックンロールスターたち、バディ・ホリー、リッチー・ヴァレンス、ビッグ・ボッパーを乗せた飛行機が墜落した日のことを、「The Day the Music Died(音楽が死んだ日)」と繰り返し歌われるのが印象的だ。

それにしても1972年という、今から思えばロック黄金時代の真っ只中でありながら「ロックはどうしちゃったんだろう」という嘆きが歌われ、それに共感する人たちがいたということは、やはりいつの時代も「昔は良かったけど今は…」と人は思うものなのだろうか。

だとすると、「未来はどうなるかわからないけれども、とりあえず『今』は素晴らしい時代だ」と思って生きていたほうがいいのではないか。何を隠そう、わたしはずっとそう思って生きている。

余談だが、普段は車ばかりで電車に乗ることがないわたしは、先日久しぶりにたくさんの電車やバスに乗る旅行をして、モバイルPASMOというものの便利さに今更ながら感動する思いだったのである。切符を買わずに電車に乗れるなんて、便利な時代になったものだ。なんて素晴らしい時代なんだろう。

このマドンナによるカバーは、マドンナ主演の映画『2番目に幸せなこと』のサウンドトラックに収録された曲だ。

シングルでは発売されず、マドンナのオリジナル・アルバムにもベスト盤にも収録されていない。(アルバム『ミュージック』の日本盤にのみ、ボーナス・トラックとして収録された)

それでもラジオのエアプレイだけで全米29位、全英1位のヒットとなった。

作者のドン・マクリーンはこのマドンナのカバーを聴いて、「神秘的で官能的で、女神からの贈り物のようだ」と評した。

いつものマドンナとはなんだかちょっと違う、死に取り憑かれた「ロックンロール」という名の馬鹿者を守護しようと、女神が微笑みながら慈愛を注ぐような、心に沁みる歌声である。

↓ ドン・マクリーンのオリジナル。

(Goro)