Weezer
“Pinkerton” (1996)
前回、ウィーザーの3rdアルバム『ザ・グリーン・アルバム』の記事中に「大失敗作」として何度か出てきた問題の2ndアルバム『ピンカートン』である。
ポップで親しみやすい1stアルバムで大ブレイクした後の、大きな期待の中でリリースされた本作は、1stの印象から一転、ダークで騒々しく、ノイジーでザラついた、セルフ・プロデュースによる荒っぽい印象のアルバムだった。
さらに話題となったのはその歌詞が、ソングライターであるリヴァース・クオモが抱える個人的な問題の、生々しい告白に溢れていることだった。「毎日違う女の子とする意味のないセックス」「欲求不満」「失恋」「孤独」「嫉妬」「被害妄想」「とある女性ファンへの憧憬」「自責の念」といったテーマを、一切のフィルターを通さずに吐露している。
米ローリング・ストーン誌は本作について次のような手厳しい批評を載せた。
「ポップ・ロックの神童だったウィーザーは、どこへ行ってしまったのか。このアルバムは、リヴァース・クオモという一人の青年の、幼稚で、独りよがりで、聴いていて居心地が悪くなるような日記帳の垂れ流しだ。あまりにも説得力に欠ける、薄っぺらなノイズ・ロックに成り下がっている」(Rolling Stone誌アルバムレビュー1996年)。
さらには同誌の「1996年のワースト・アルバム」の読者投票の企画では、第3位に選出された。
期待されていたセールスも伸びず、1stアルバムの3分の1以下にとどまった。
リヴァース・クオモは本作に対する世間の拒絶反応に、人生が変わるほどのショックを受けたという。1997年8月、クオモは日記にこう書いている。「今年は大変な年だった。世界が『ピンカートン』は価値がないと言った。僕はダメなソングライターだ」。
可哀想なクオモは2001年になってもまだ次のように語っている。
「あれは本当に病気のような、醜いレコードさ。ものすごく痛々しい失敗を、何十万人もの人々の前で晒してしまったような感覚なんだ。パーティーで泥酔して、全員の前で心の内をぶちまけてスッキリした翌朝、目が覚めて『俺はなんてバカな真似をしたんだ』と激しい自己嫌悪に陥る。あのアルバムはまさにそれだよ。二度と聴きたくないし、ライブでも演奏したくない」 (2001年のRolling Stone誌のインタビュー)
私見だが、本作が批評家からもリスナーからも蛇蝎の如く嫌われた理由はそのサウンドの荒っぽさや聴きにくさなどではなく、いきなり1曲目の「タイアード・オブ・セックス」で、あの地味でイケてない弱虫キャラのクオモ君が「月曜の夜はジェン、火曜の夜はリン、水曜の夜はキャサリン、、、」と、ロックスターの如く毎日違う女の子と寝ていることを告白していることに大きなショックを受けたせいではなかろうかと考えている。
本作はウィーザーの2ndアルバムとして、1996年9月にリリースされた。
【オリジナルCD収録曲】
1 タイアード・オブ・セックス
2 ゲッチュー
3 ノー・アザー・ワン
4 ホワイ・ボザー?
5 アクロス・ザ・シー
6 ザ・グッド・ライフ
7 エル・スコルチョ
8 ピンク・トライアングル
9 フォーリング・フォー・ユー
10 バタフライ
しかし、「ロック史上最大のミステリーのひとつ」と言われているのが、本作の評価の激変である。リリース当時は叩かれ、嫌われまくったものの、数年後にはウィーザーの最高傑作とまで評価されるほど180度変わったのだ。
次作の『ザ・グリーン・アルバム』は本作よりも小綺麗に整理整頓され、聴きやすく親しみやすい印象に「戻った」けれども、しかしそれと比較する形で、『ピンカートン』の、その激しさと聴きにくさの奥にある若々しい情熱と生々しい叫び、そして天才の閃きのような音楽の魅力に、リスナーも徐々に気づいたのではなかろうかと思う。
また、2000年代に大きな盛り上がりを見せた米国の〈エモ〉と呼ばれるブームにおける、その原点として本作が、インディー・ロックやパンク好きのリスナーから「聖典」として理解・支持されるようになったせいもあるだろう。
本作を「病気のような、醜いレコード」と自虐的に語ったインタビューからちょうど20年後にクオモは次のように語っている。
「『ピンカートン』は、本来僕たちの最高傑作になるはずだったのに、当時は完全に破壊されてしまった。だけど今、僕はあのアルバムをとても愛しているよ」(2021年のiHeartRadioインタビュー)
他人の評価に振り回され、一喜一憂しては自己評価までコロコロ変わってしまうクオモ君の愛すべきヘナチョコ感がわたしは大好きだ。
ロックにはやっぱり、どこか壊れたところや、変態的なところや、期待を裏切るようなところがあるくらいのほうが魅力的だったりするものだ。少なくとも、ウィーザーのアルバムの中ではわたしは本作が一番好きだ。
↓ リード・シングルとなった「エル・スコルチョ」。米オルタナティヴ・チャート19位と、ウィーザーのシングルとしては過去最低の順位にとどまった。複数のラジオ局が放送を拒否し、MVもMTVで放映されなかった。アルバムが当初商業的に失敗した原因のひとつと考えられている。
↓ アルバム・セールスの不調を救うためにレコード会社が急遽シングル・カットした「ザ・グッド・ライフ」。しかし結果は米オルタナチャート32位と、成功には至らなかった。
(Goro)

