史上最高のブルース・アルバム 〜マディ・ウォーターズ『ベスト・オブ・マディ・ウォーターズ』(1958)【最強ロック名盤500】#60

BEST OF MUDDY WATERS [Analog]

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

【最強ロック名盤500】#60
Muddy Waters
“The Best Of Muddy Waters”

まあとにかくこの人がいなければ、このアルバムがなければ、西欧文明はまた違ったものになっていたに違いないと思うのである。
間違いなく、20世紀の文化において最も多大な影響を与えた人物のひとりである。

この人がいなければロックとやらの音楽はこの世に生まれていなかったかもしれない。
この人がいなければチャック・ベリーもビートルズもストーンズも存在しなかったにちがいない。そして音楽がこれほど大衆に愛され、大量消費されることもなかっただろう。

わたしももっと違う人生を送っていたことだろう。きっと、もっと快適でラクで単純明快で小奇麗な人生を送っていただろうと思う。
ロックというものは、人が選択をするときに必ずイバラの道のほうを選択するように教える音楽のような気がする。それは「自由」への強い欲求なのかもしれない。

【収録曲】

SIDE A

1 アイ・ジャスト・ウォント・トゥ・メイク・ラヴ・トゥ・ユー
2 ロング・ディスタンス・コール
3 ルイジアナ・ブルース
4 ハニー・ビー
5 ローリン・ストーン
6 アイム・レディ

SIDE B

1 フーチー・クーチー・マン
2 シー・ムーヴス・ミー
3 アイ・ウォント・ユー・トゥ・ラヴ・ミー
4 スタンディング・アラウンド・クライング
5 スティル・ア・フール
6 アイ・キャント・ビー・サティスファイド

本作は1948年から54年に録音されたシングル曲を集めたもので、マディにとって初めてのLPレコードであり、実質的な1stアルバムである。

このアルバムを初めて聴いたとき、コンクリートの地下室の暗闇の中でマディとバンドが演奏しているように想像したものだ。濃密な空気の中で、魂の叫びのような歌声と、緊張感に満ちた演奏が響き渡っているようだった。

A5「ローリン・ストーン」などはまだ30代半ばのはずなのに、まるで老人のような声にも聞こえる。なにかをやらかしてコンクリートの地下室に幽閉された若者が異様に早く年を老成し、悲嘆と諦念の入り混じった咆哮で外界に届けと叫び続けている、そんな印象だった。これは凄い、と思った。ブルースとはそのような恐ろしいものであるとわたしに印象付けたのがこのアルバムだった。

ブルースは、夜の音楽だ。
A1「アイ・ジャスト・ウォント・トゥ・メイク・ラヴ・トゥ・ユー」などはその代表格で、欲望むき出しみたいな生々しい歌詞を朗々と吠え、闇の奥からリトル・ウォルターによる凶々しい獣の咆哮のようなアンプリファイド・ハープが耳をつんざく。
邦題では「恋をしようよ」というタイトルだったらしいが、そんな生易しいことでは済みそうもないだろう。まさに、夜のみだらなブルースである。

1954年にシングルとしてリリースされR&Bチャート4位まで上がったマディを代表するヒット曲のひとつ、A6「アイム・レディ」は、男・マディが「おれは用意できてるぜ!」と豪快にどやしつける、男子はたじろぎ、女子は体が火照ってたまらなくなるような一曲だ。

もちろん、みだらなものばかりではないが、ブルースが夜の空気を纏っているのはそもそもの成り立ちが、昼間の過酷な奴隷労働を終えた後で、日々の苦しみや不満、そしてささやかな希望などを歌った音楽だったからかもしれない。

50年代半ばのシカゴ・ブルースは急速に進化し、ラジオ向きのポップな要素もあれば、スピード感やグルーヴ感もあり、ヒットチャートにも上り、すでにロックの原型として完成を見ている。

本作は、わたしが20代の頃に全身総毛立つような衝撃を受けて惚れ込み、ブルースを聴き漁るきっかけとなったアルバムだ。

ブルースのアルバムで、今もってこれ以上のものはわたしは聴いたことがない。
史上最高のブルース・アルバムと断言できる。


↓ アルバムの冒頭を飾るド迫力の「アイ・ジャスト・ウォント・トゥ・メイク・ラヴ・トゥ・ユー」。

I Just Want To Make Love To You

↓ R&Bチャート4位のヒットとなった「アイム・レディ」。

I'm Ready

(Goro)