The Rolling Stones
最初見たときは「ひどいジャケットだなあ」と思ったけれども、もうすっかり慣れたせいか、この尋常じゃない醜さが、これはこれで面白い気がしてくるから不思議なものだ。リアルタイムでピカソの絵を初めて見た人たちもこんな気持ちだったのだろうか。
2026年7月10日にリリースされたストーンズの、3年ぶりの最新オリジナル・アルバムだ。「3年ぶり」などと書いたけれど、90年代以降は7〜9年のスパンが空くのが通常だったので、尋常じゃない速さで出してきたことにまず驚かされた。
今から四十年以上前にローリング・ストーンズを知ったとき、彼らはアラフォーで、十代のわたしは「40歳になってもまだやってるロック・バンドがいる!」と驚いたものだった。
当時はまだそれが珍しかったのだ。しかもオッサンなのに、若造のチャラチャラしたバンドなんかよりずっとカッコよくて、わたしは彼らの過去のレコードを遡って集め始め、その沼にハマってしまったのだった。
まさかその彼らが、80歳を過ぎてもまだやってるなんて、当時のわたしには想像もできなかった。80歳のロックバンドなんて、80歳のプロ野球選手ぐらい想像できなかったのである。それを言ったらまあ、60になろうかという歳で、四六時中ロックを聴いている自分の姿だって想像できなかったけれども。
前作の『ハックニー・ダイアモンズ』では、79歳とは思えない若々しさや現役感に驚かされた。あれは本当にびっくりした。今作はまたそこに瑞々しさまで加わって、その衰えを知らないエネルギーには心底驚嘆させられる。
でも、「老人なのにちゃんとロックやってて凄い!」みたいなところばかり褒めちぎっているのもなんだか違うと思うので、ちゃんと本音のところで言えば、気持ちは二つに割れている。
シカゴ・ブルースみたいな「ラフ・アンド・ツイステッド」の渋いカッコ良さ、「イン・ザ・スターズ」の瑞々しいポップさも良いと思うし、カントリー風の「リンギング・ホロウ」や、キースが歌う「サム・オブ・アス」も好きだ。
80年代以降のストーンズらしくキャッチーでポップであり、二日酔いみたいなところや色情狂みたいなところや悪魔に取り憑かれたようなところなんてない、ピカピカのスポーツカーみたいなロック・アルバムの完璧な出来栄えには感服しながらも、これが本当にわたしが聴きたいストーンズかというと、それはまあ、ちょっと違う気もする。
大昔のストーンズの毒々しさや凶々しさはすっかりなくなり、時代を反映したエンタメになってるのは、まあ仕方がないだろう。ストーンズはいつの時代も、時代を意識してやってきたと言えばそうなのだ。「ブラウン・シュガー」の歌詞が時代にそぐわないとして、ライヴで演奏するのだってやめたぐらいだ。
でも今は亡きカントリー界のレジェンド、ジョニー・キャッシュが晩年の70歳の頃に録音した『アメリカン・レコーディングス』のシリーズは、老いをさらけ出しながらも力強く、その波瀾の人生の証のような凄味のある歌声を遺してくれたものだ。わたしは、その強烈なリアリティと存在感、熱い魂が込められた音楽に深く感動させられた。
そのジョニー・キャッシュよりさらにひと回りも歳を重ねた82歳のストーンズにも、そんな強烈なリアリティが感じられる音楽をやってくれないものかと、わたしは常々思っている。なんのデジタル補正もしていない、一発録りのヨレヨレでもいいから、60年以上に渡ってロックの象徴であり続けた本物の凄味や渋味が伝わってくるような楽曲と演奏を聴いてみたい。
でもそれではきっと「ストーンズ終わった」なんて酷評されて、きっとあんまり売れないに違いない。わたしだって、現在SNSでたくさん流れてきている「ストーンズの新譜最高!」「毎日聴いてる」なんて投稿を見るとやっぱり嬉しくなるものだ。
だから気持ちは半々だ。老醜を晒すことを、特にミックは絶対によしとしないだろう。でも聴いてみたい。現在の本人たちの加工無しのMVで見てみたい。
アルバムの最後に収録されたチャック・ベリーのカバー「ビューティフル・デライラ」にはちょっとだけホッとした。最後にちゃんとリアルなものが聴けた感じだ。
あ、そういえば前作もラストはマディ・ウォーターズの「ローリン・ストーン」のカバーだったな。あれでやっぱり満足した気分になったものだ。
さすがストーンズ、ガチ勢の手なずけ方をよく知ってるな。
↓ リード・シングルの「イン・ザ・スターズ」。ディープ・フェイクで加工して70年代のストーンズ風のバンドに演奏させたMVにはなんとも釈然としない気持ち悪さが残る。曲は好きだけれども。
↓ 2ndシングルの「ジェラス・ラヴァー」。こちらのMVは演奏シーンはなく、男女の愛憎を表現した創作ダンスみたいなもので終始する。これはまた別の意味で気持ち悪い。
(Goro)

