1988年、ニルヴァーナは地元の米ワシントン州シアトルのインディレーベル〈サブ・ポップ〉から、1stシングル「ラヴ・バズ」でデビュー、翌89年には1stアルバム『ブリーチ』をリリースした。
翌年にメジャーレーベルに移籍し、2ndアルバム『ネヴァーマインド』を発表すると、ロックシーンは激震、上を下への大騒ぎとなり、薄汚れた田舎者のオルタナティヴ・ロックのバンドが驚天動地の世界的ブレイクを果たした。
その影響でMTV全盛時代の華やかだったロックシーンは価値観が完全にひっくり返ってしまった。王様と乞食が入れ替わり、阿鼻叫喚の地獄絵図となり、まさに70年代のパンク・ムーヴメント以来のロック革命となったのであった。
ニルヴァーナは、1980年代に電子楽器の流行やMTVの影響などで、本来の熱量や鋭さを失い商業主義化してしまったロックを再び熱く燃え上がらせ、復活させたオルタナティヴ・ロックのシンボル的存在となっていった。それは彼らにとっては無相応な重荷であったには違いないが。
カート・コバーンの書く楽曲はポップとラウドを融合させた画期的なものだった。意外な展開のコード進行や、ひねりが効いたフックのあるメロディは、斬新でありながら耳に残るもので、彼のソングライティングの才能は唯一無比だったと言える。そしてドラマーがデイヴ・グロールに替わってからの3人による、アグレッシヴで刺激的で奔放な演奏は、まさに天下無双だった。
以下、そんなニルヴァーナの数多くの名曲から、わたしの愛する名曲ベスト20を選んでみた。
Negative Creep
1stアルバム『ブリーチ』収録曲。ハードコア・パンクの影響を思わせるような曲調で「おれは暗くてキモいやつ」と歌う、自虐的な歌詞の曲だ。
母親が出て行って父子家庭で育ち、部屋の壁に「父も母も大嫌い」と書き、10代半ばでドラッグを覚えたカートは、自分をそんなふうに卑下していたのかもしれない。もちろんユーモアが込められていることはもちろんで、それがニルヴァーナらしさでもある。ライヴでは定番となっていた曲だ。
Lounge Act
2ndアルバム『ネヴァーマインド』収録曲。最初は低く歌い、途中から同じメロディを1オクターブ上で絶叫するという、カートが得意としたスタイルだ。絶叫するカートの声はいつも、これぞロックと言いたくなるほど魅力的だ。
カートが当時付き合っていた、ビキニ・キルのヴォーカリスト、トビ・ヴェイルとの失恋を歌った歌らしい。フラれたわけじゃないはずなのに、なんだか納得いかない、と言う気持ちを歌っているそうだ。
Dumb
3rdアルバム『イン・ユーテロ』収録曲。恋に落ちた自分を「まるで馬鹿みたいだ」と歌うアルバム中で最も穏やかで、素朴なメロディが耳にのこる曲だ。
『MTVアンプラグド・イン・ニューヨーク』ではチェロも入り、オリジナル以上に印象的なアレンジの素晴らしい演奏だった。
Blew
『ブリーチ』のオープニングを飾る曲。ブラック・サバスのような引き摺るような重々しい雰囲気で始まるが、いかにもニルヴァーナらしい絶叫系のサビのカッコ良さにシビれる。ライヴ・バージョンになるとさらにカッコ良さが倍増する。
Polly
『ネヴァーマインド』収録曲の中で最もシリアスな楽曲。
1987年に彼らの地元ワシントン州で起きた、14歳の少女が誘拐・強姦された事件を犯人側の視点から歌った曲。犯人を徹底的して邪悪な異常者として浮かび上がらせる、反吐が出るようなおぞましい歌詞が衝撃的だ。
Territorial Pissings
『ライヴ・アット・レディング』では最終曲として、『ライヴ・アット・ザ・パラマウント』では最後のひとつ前に演奏している。ライヴの最後がこれって良いなあと、両ライヴ盤を聴いてからあらためて好きになった曲だ。『ネヴァーマインド』に収録。
Breed
『ネヴァーマインド』収録曲で、『ライヴ・アット・レディング』のオープニング・ナンバーに使われた曲。このオープニングが最高すぎてシビれてしまい、あらためてそのカッコ良さを見直し、好きになった曲だ。
『ネヴァーマインド』はどうしてもシングルヒットした名曲群に印象が傾きがちだが、こういった勢いがあってライヴ映えする曲も多く収録している、最高のパンク・アルバムなのだ。
Heart-Shaped Box
『イン・ユーテロ』からの先行シングル。メロディーはいかにもニルヴァーナらしい、ひねりの効いたフックがあるキャッチーなものだが、同時に陰鬱で引き摺るような重量感は『ネヴァーマインド』にはなかったタイプの曲だ。その意味では新境地とも言えた。
Rape Me
3rdアルバム『イン・ユーテロ』からの問題作「わたしを犯して」だ(そんな邦題は無いが)。
初めてこの「レイプ・ミー」を聴いたときは、ついに狂ったのかと思ったけれど、『ネヴァーマインド』が想定外のメガヒットとなり、突然世界的な有名人になったことできっと相当嫌な目にもあったのだろう。自分の人生が突然天下に晒されて、蹂躙され、逃げ場を失くした気分だったのかもしれない。
Stay Away
『ネヴァーマインド』の中でも特に疾走感が気持ちいい、ニルヴァーナ流のパンク・ロックだ。
こうやってライヴ映像で見るとやっぱりデイヴのドラムはカッコ良いなあとあらためて思わざるを得ない。この全身全霊で叩く感じが素晴らしい。もし彼が加入していなかったら、ニルヴァーナがここまでのバンドになっていたかどうかわからないと思う。
Drain You
『ネヴァーマインド』収録曲。ライヴではオープニング直後(2曲目か3曲目ぐらい)によく歌われていた。緊張感のある間奏も含めて、ライヴに勢いが増すようなアガる曲だ。カートがお気に入りの曲にもあげていた。
School
『ブリーチ』収録曲。初期のライヴではオープニングナンバーとして演奏された曲。ライヴ映えする曲で、この曲もまたライヴ盤を聴いてそのカッコ良さにあらためて気づいた。基本的にニルヴァーナはライヴ・バンドなのだと思う。
Dive
サブ・ポップ時代のシングルやアウトテイクやカバーをかき集めてまとめた編集盤『インセスティサイド』の冒頭を飾る曲。
サブ・ポップからリリースした2枚目のシングル「スリヴァー」のカップリング曲だ。
ニルヴァーナらしい、一瞬にして耳を持って行かれる不穏なメロディとサビの絶叫が気持ちいい。
About a Girl
1stの『ブリーチ』の中でも特筆すべきなのがこの曲だと思う。ぎょっとするような曲の展開や、フックのあるメロディなど、カート・コバーン独特のソングライティングが覚醒した曲と言えるのではないか。
『MTVアンプラグド・イン・ニューヨーク』では冒頭を飾る曲で、2曲目が「カム・アズ・ユー・アー」なのだけれど、この2曲のつながりがすごく良い。
Sliver
『ブリーチ』と『ネヴァーマインド』のちょうど谷間に、サブ・ポップから発売されたシングル。『インセスティサイド』収録。
それまではノイジーで激しいパンクロックがメインだったニルヴァーナが、この「スリヴァー」でラウドであるにも関わらずポップな要素も際立たせることに成功し、『ネヴァーマインド』の方向に踏み出したという気がする。
In Bloom
『ネヴァーマインド』からの4枚目のシングル。アルバム中でも特にポップな歌メロを持つこの曲をあえてパロディ化し、1950年代のTVショー風に作ったミュージックビデオが楽しい。
デイヴ・グロールはこの「イン・ブルーム」ではサビのコーラスも務めている。これがまた良い感じだ。
All Apologies
『イン・ユーテロ』からの2枚目のシングル。『MTVアンプラグド・イン・ニューヨーク』でのアコースティック・アレンジのパフォーマンスも素晴らしかった。
そのときの映像が、カートの死を伝えるTVニュースで使われたため、わたしにとってはカートのレクイエムのような印象が染み付いてしまった曲だ。
Come As You Are
『ネヴァーマインド』からの2枚目のシングル。「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」のヒットだけなら、彼らは掃いて捨てるほどいるハードロック・バンドの一発屋で終わっていたりかもしれない。
静かでメロディアスな部分と、爆音と絶叫の部分の対比を際立たせるパターンの、その上っ面の真似だけが大流行したけれども、だれも真似できなかったのが、その一瞬にして耳を持って行かれる、フックのあるメロディだった。
歌メロもそうだし特徴的なギターのリフもそうだけど、こういう曲の唯一無比のオリジナリティに驚かされたものだった。
Lithium
『ネヴァーマインド』からの3枚目のシングル。カート自身の解説によれば、この歌はガールフレンドを亡くした男の歌なのだそうだ。男は自分が自殺してしまわないよう宗教に救いを求める、という内容らしい。タイトルの「リチウム」とは、鬱病患者などに処方される薬で、気分を安定させ、自殺を防ぐ効果があるらしい。
そう言われてもまあ、正直よくわからない。
それでもこのメロディのせいかもしれないけど、この曲にはどこか切なさや絶望感と同時に、それを突破するためのやけくそのパワーがみなぎっていて、いつ聴いてもグッときてしまう。
レディング・フェスティヴァルでの自然発生的な観客の大合唱には胸が熱くなったものだ。
Smells Like Teen Spirit
ニルヴァーナを世界に解き放ったモンスター・シングル。全米チャート6位の大ヒットとなった。一人暮らしのボロアパートで『ネヴァーマインド』のCDをプレーヤーにセットして、初めてこの曲を聴いたときの全身が総毛立ったような瞬間は今でも忘れられない。
殺伐と轟音ギターとユーモアとポップなメロディが融合し、まるで当時のわたしがロックに対して望むすべてのものが揃っているかのようだった。
あの頃は楽しかったなあ。ついにおれの時代が来たか、と思ったものだった。
いや、彼らの時代が来ただけだったのだけど。
ニルヴァーナをこれから初めて聴こうとしている方には、ベスト盤よりも、まずは2ndアルバム『ネヴァーマインド』から聴くことをお薦めしたい。90年代ロックの最高傑作であるばかりでなく、ロック史上最も重要なアルバムのひとつだ。
(Goro)