歴史的和解から生まれた再始動アルバム【ストーンズの60年を聴き倒す】#55

Steel Wheels [LP / Half Speed Master] [12 inch Analog]

『スティール・ホイールズ』(1989)

“Steel Wheels”(1989)
The Rolling Stones

ストーンズが解散を宣言したことは一度もない。

しかし86年の『ダーティ・ワーク』リリース後、ミックはストーンズのツアーをチャーリーの麻薬依存を理由にキャンセルし、自身のソロアルバムとソロツアーに出たし、キースもそれに対抗するかのように初のソロアルバムのリリースとアメリカツアーを行い、ロン・ウッドもボ・ディドリーとツアーへ、チャーリーもソロアルバムに着手しており、レコードを3年間リリースせず、ツアーにも8年出ていない当時のザ・ローリング・ストーンズはもはや解散状態だったと言っていいだろう。

しかしソロ・アルバムは、ストーンズのアルバムのようには売れなかった。キースの『トーク・イズ・チープ』は全米24位、全英37位だったし、ミックの2作目『プリミティヴ・クール』に至っては、全米41位、全英26位という有様だった。

ミックは思い描いていた結果を得られなかったことでだいぶヘコまされたに違いない。天狗の鼻もすっかり折れ、1989年になると、キースの住むジャマイカには行こうとしなかったものの、特使を立ててキースに連絡を寄越した。キースもミックのいるムスティーク島にいくつもりはなかったが、カリブ海の中間地点であるバルバドス島で会談をもつことになった。前年にスイスで行われた、長い冷戦を終わらせることになったレーガンとゴルバチョフの会談に続く、歴史的会談だった。キースは以下のように語っている。

どんなことがあったにしろ、ミックと俺の間には絆がある。(中略)俺たちは好きでこれをやってるんだ。それまでどんなに苛立たせられていても、再会したらそんなものは捨てて未来のことを話し始める。二人になれば、かならず何か思いつく。二人の間には電磁気の火花が生まれる。前からずっとだ。俺たちはそれを心待ちにしているし、それがみんなのハートに火をつけるんだ。(『ライフ』キース・リチャーズ著 棚橋志行訳)

その歴史的会談(単なる仲直りだけれども)から2週間も経たないうちに二人はスタジオ入りし、30曲以上もの曲を書き、レコーディングに入った。再結成アルバムと言っても過言ではない3年ぶりの作品『スティール・ホイールズ』はこうして1989年8月にリリースされた。

アルバムより1週間早く先行リリースされたシングル「ミックスト・エモーションズ」はキースの言う通り、わたしのハートに火をつけ、胸を熱くさせた。ストーンズの新たな門出にふさわしい曲だと思った。PVもミックとキースの関係修復やバンドの和気藹々とした様子を強調した作りになっている。

The Rolling Stones – Mixed Emotions – OFFICIAL PROMO

各自がソロ・アルバムを作った経験も生きたのか、アルバムに収録された楽曲はシンプルなロックンロールからコンテンポラリーな野心作まで、バラエティに富んだものとなった。

  1. サッド・サッド・サッド – Sad Sad Sad
  2. ミックスト・エモーションズ – Mixed Emotions
  3. テリファイング – Terrifying
  4. ホールド・オン・トゥ・ユア・ハット – Hold on to Your Hat
  5. ハーツ・フォー・セール – Hearts for Sale
  6. ブラインデッド・バイ・ラヴ – Blinded by Love
  7. ロック・アンド・ア・ハード・プレイス – Rock and a Hard Place
  8. キャント・ビー・シーン – Can’t Be Seen
  9. オールモスト・ヒア・ユー・サイ – Almost Hear You Sigh
  10. コンチネンタル・ドリフト – Continental Drift
  11. ブレイク・ザ・スペル – Break the Spell
  12. スリッピング・アウェイ – Slipping Away

The Rolling Stones – Rock And A Hard Place – OFFICIAL PROMO

ストーンズが解散を回避し、新しいアルバムを出してくれたことは嬉しかったが、ただし、このアルバムをすごく気に入ったかというと、そうでもなかった。

ストーンズの数々の名盤には、そのオープニング・トラックにアルバムの顔となる強力な楽曲が据えられていたものだが、それを期待してしまうといきなりガッカリすることになる。70年以降では最弱のオープニング・トラックだと思う。

全体的に、毒も牙もなく、饐えたようなブルースの匂いもなければ、凶々しいオーラもなかった。平均年齢43歳のロックバンドにそんなものを求めてしまうわたしの方が間違っているのかもしれないが。
1989年、わたしは23歳で、ロックシーンはその地表の下でマグマが急激に活発な活動を見せ、今にも噴火しようとしていたのだ。

本作でわたしが好きなのは「ミックスト・エモーションズ」「スリッピング・アウェイ」「ブラインデッド・バイ・ラヴ」だ。

シングルは「ミックスト・エモーションズ/ファンシーマン・ブルース」が全米3位、「ロック・アンド・ア・ハード・プレイス/クック・クック・ブルース」が全米18位と好成績を上げた。

ちなみにカップリングの「ファンシーマン・ブルース」「クック・クック・ブルース」はどちらもアルバム未収録曲だ。とんでもなく古い曲のカバーかと思ったら、どちらもレコーディングセッション中に生まれたオリジナルらしい。アルバムに収録することはなくても、彼らのブルースへの愛は相変わらずのようで、なんだかホッとしたものだ。

The Rolling Stones – Fancy Man Blues
Rolling Stones — Cook Cook Blues

アルバムは全英2位、全米3位と前作を大きく上回る売れ行きとなり、日本でもオリコン5位とよく売れた。

そして本作リリース直後から、8年ぶりとなるワールドツアーが始まり、1990年2月には初の日本公演が実現した。東京ドームで10回の公演が行われ、50万人を動員した。もちろんわたしも、その50万人の中の一人である。

(Goro)