米サウスカロライナ州の森の中に住む極貧家庭に生まれ、叔母が営む酒兼売春宿で育ち、15歳で盗みを働いて懲役に服していたジェームス・ブラウンは、後に相棒となるゴスペル・シンガー、ボビー・バードに音楽の才能を認められて刑務所から救い出され、バンドを組むことになる。
バンドは、ジェームス・ブラウン・ウィズ・ザ・フェイマス・フレイムスとして、1956年に「プリーズ・プリーズ・プリーズ」でキング・レコードからデビューする(このあたりの悲惨な生い立ちからデビューへの事情は、JBの半生を描いた映画『ジェームス・ブラウン 最高の魂を持つ男』に詳しい。
JBは、ソウル・ミュージックの第一人者として「ゴッドファーザー・オブ・ソウル」と呼ばれ、クールなサウンドの〈ファンク〉を発明して「ファンキー・プレジデント」と呼ばれ、ヒップ・ホップ界では「世界一サンプリングされるアーティスト」と呼ばれ、ブラック・ミュージックの歴史に次々と革命を起こし、牽引し、マイケル・ジャクソンにもプリンスにも、そしてロック界にも多大な影響を与えた伝説の大親分だった。
だからこそ、1988年にコカインを吸ってライフル銃をぶっ放し、警察とカー・チェイスをして3年間の懲役に服した後でも、グラミー特別功労賞やR&B財団賞特別功労賞を受賞したり、ジョージア州に「ジェームス・ブラウン大通り」と名付けられたストリートが誕生したりもするのだろう。
まあなにしろ、常人では制御できないような爆発的なパワーとエネルギーと才能に溢れたアーティストだった。
そしてその音楽は豪放磊落だけではまったくない、繊細に作り込まれ、磨き上げられた、どこまでもクールな音楽だった。
以下は、わたくしゴローが選ぶジェームス・ブラウンの至極の名曲ベストテンです。
Try Me
デビュー曲「プリーズ・プリーズ・プリーズ」はヒットしたものの、続く9枚のシングルがすべて売れず、キング・レコードから解雇寸前だったJBを救ったのがこの曲。
3年ぶりのヒットとなり、R&Bチャートで1位、全米チャートにも初めて登場した(48位)。
JBの甘い声が楽しめる、ポップで聴きやすいバラード・ソングだ。
Night Train
原曲はサックス奏者ジミー・フォレストによる1952年のインスト作品だ。
フォレストのオリジナル・バージョンはもっとテンポが遅くてムーディーなもので、時速30kmぐらいで走る鈍行列車の感じだが、JBバージョンは時速70kmぐらいで大陸を横断する急行列車だ。走行する列車を模したようなホーンがかわるがわる吹いていくメロディが楽しい。
JBは「マイアミ! フロリダ! アトランタ! ジョージア!」とただ通過する地名を叫んでいるだけなのだけど、「地名が出てくる歌マニア」でもあるわたしとしてはまたたまらない曲である。
Please, Please, Please
キング・レコードから発売されたジェームス・ブラウン&ザ・フェイマス・フレイムズのデビュー・シングル。
この曲のレコーディングに立ち会ったキング・レコードのオーナーは、「こんなものは音楽じゃない! “プリーズ”を繰り返してるだけじゃないか!」と激怒したという。
しかし、なんとか彼を宥め、発売にこぎつけると、R&Bチャート3位のミリオンセラーとなった。
魂の限りに泣き叫ぶようなヴォーカルは、“ソウル・ミュージック”と呼ばれる音楽の原点となった。
ザ・フーが1stアルバムでこの曲をカバーしていることは、知られているのか知られていないのかよくわからない。
Cold Sweat
全米7位となった大ヒットシングル。
この曲で真のファンクの完成をみたとも言われる、画期的な曲。それまでなかったようなクールなサウンドで、複雑な曲でもある。
ジェームス・ブラウン・オーケストラと呼ばれたこのバンドはなんだか、カリスマ的なボスの下に無名ながら凄腕の職人たちが集まって革命的な商品を開発する『下町ロケット』の町工場のようだ。
The Boss
1973年の映画『ブラック・シーザー』のサウンドトラックの1曲。映画も傑作らしいと聞くけれど、まだわたしは見たことがない。ぜひ見たいものだ。
浮遊感のある、美しい響きのサウンドが素晴らしい。超クールだ。
プロデュースもJB自身だけれど、こういうのを聴くとホントに繊細に音作りにこだわったアーティストだったんだなあとあらためて感心する。
Talkin ‘Loud and Sayin’ Nothing
R&Bチャート1位、全米27位のヒット・シングル。
こういうキレッキレの斬新なファンク・ナンバーが次々とリリースされて、ソウル界からロックの方へと境界を越えてくる圧倒的なパワーの進撃の巨人たちに、ロック・アーティストたちもビビっただろうなあと想像する。
ベースのブーツィー・コリンズを中心としたリズム隊が最高にクールだ。
タイトルは「声はデカいけど、中身はなにもない」という、当時の政治家を批判したものだ。
Think
JBにとって最初のダンスナンバーのひとつであり、サックスのリフがカッコいい、すでにファンクの萌芽が感じられるナンバー。
R&Bチャート7位、全米33位のヒットとなった。
I Got You(I Feel Good)
全米3位と、JBのシングルの中でチャート最高位を獲得した大ヒットナンバー。JBの代表曲だ。
ファンク草創期のナンバーで、歌モノとしても完成度が高いうえに、ファンクの新しさも備えていたのがヒットの要因だったのではないかと想像する。
JBの曲の中でも最もとっつきやすい曲と言えるかもしれない。
Get Up (I Feel Like Being a) Sex Machine
JBのファンクと言えばまず思い浮かぶのがこの曲、言わずと知れたJBの代表曲だ。R&Bチャート2位、全米13位の大ヒットとなった。
キャットフィッシュ・コリンズのカッティング・ギターとブーツィー・コリンズのベースが特に印象的だけど、途中のピアノ(たぶんJB自身)の間奏なんかもいい。
そのキレの良いタイトな演奏のせいか、肉体的な音楽なのにどこまでもクールに聴こえる。
「ゲロッパ!」「ゲロオレ」の、ゲロオレのほうを歌うのは、15歳のJBを刑務所から救い出した男、ボビー・バードだ。
Papa’s Got a Brand New Bag
R&Bチャート1位、全米8位となった大ヒット・シングル。
1965年はロック界にも様々な革命が起こった年だったが、この「パパのニュー・バッグ」は、ファンクの誕生として、ブラック・ミュージック界における革命的なナンバーになった。
なんとなくそのキャラから、豪快で派手で盛大で熱い熱いイメージのあるJBだけれど、実のところレコードは、余分な音が一切なく、音楽的にも充実したクールなダンス・ミュージックだということがこの曲ならよくわかると思う。
ダンス・ミュージックと言っても、チャラついたものでもオシャンティーなものでもない、アグレッシヴかつスタイリッシュなものである。
(Goro)