『スティッキー・フィンガーズ』(1971)
The Rolling Stones
本作はローリング・ストーンズ・レコード設立第1弾となったレコードであり、ブライアン・ジョーンズからミック・テイラーへの交替人事後の初めてのスタジオ・アルバムでもあった。プロデューサーは3作連続となるジミー・ミラーだ。
前作までと同様、ブルースやカントリーといったルーツ・ミュージックをさらに深掘りしながらも、キャッチーでバラエティに富んだ完成度の高い粒揃いの楽曲が並んでいる。同じような曲はひとつとしてない。ジャガー/リチャーズのソングライティングは当時のロック界では他の追随を許さないほど幅広く、キレッキレに成長している。ビルとチャーリーのプレイも確実に進化しているし、そのうえミック・テイラーという若き天才と、ボビー・キーズというストーンズにぴったりのサックス吹きまで加わったのだから、もはや敵なしの最強布陣である。
ミック・テイラーが参加したことについてキースはこう語っている。
音楽が変わった。ほとんど無意識のうちに。ミック・テイラーを頭に置いて曲を書く。特別意識していたわけじゃなかったかもしれないが、あいつがいるおかげでこれまでとちがったものが生み出せるのはわかっていた。(中略)『スティッキー・フィンガーズ』で作曲した何曲かの根っこにあったのは、テイラーならすごいことがやれるって思いだった。(『ライフ』キース・リチャーズ著 棚橋志行訳)
まあ、なにしろこのアルバムは革新的だった。ミック・ジャガーも1995年のインタビューでこのアルバムについて「妙な感じだった。まったく新しい世界だったよ。『ベガーズ・バンケット』が一時代前のものに思えたぐらいさ」と語っているほどだ。
シングル・カットされた「ブラウン・シュガー」は全米1位、全英2位の大ヒットとなり、キースの大発明であるギターの≪リズムリフ≫がストーンズ最強時代の幕開けを告げる号砲となった。ストーンズならではのグルーヴ感、猥雑でラフな勢いとユーモアがあって、ボビー・キーズのサックスがまた素晴らしい仕事をしている。現在までほとんどのライヴで演奏されている代表曲のひとつだ。
B面は「ビッチ」だが、この曲も鼻血が噴き出すぐらいインパクトの強烈な曲だ。シングルでもいけそうだが、しかしタイトルと歌詞がこれではラジオでかけてもらえることはないと判断してのB面収録だったのだろうと想像する。悪魔的なギター・リフのカッコ良さはストーンズの数ある名曲の中でもトップクラスだし、ミックのシャウトも最高だし、テイラーの邪悪なギター・ソロも、ドス黒いホーンのアレンジも、とにかくクールでシビれる曲だ。
B面には2曲入っていて、もう1曲はチャック・ベリーのカバーである、「レット・イット・ロック」(ライヴ・バージョン)だ。これは当時のライヴツアーで終盤に演奏されていた曲で、78年のツアーではオープニングナンバーとして演奏されている。アルバム未収録曲なので、ここに挙げておく。
そして広く知られた名曲「ワイルド・ホーセズ」も収録されている。全米28位のヒットとなった。 口づさみたくなる素朴かつ美しい歌メロと、キースの十二弦ギター(低弦を取っ払ってるので正確には十弦)とテイラーのアコギの哀切極まりない響きが素晴らしい名曲だ。 カントリーをストーンズ流に取り入れた作風は、グラム・パーソンズとキース・リチャーズという当時の英米を代表するジャンキーが親友になったことの影響が大きい。
ちなみにこの曲を先に世に出したのはストーンズではなく、グラム・パーソンズ率いるフライング・ブリトー・ブラザーズだった。ストーンズがまだ『スティッキー・フィンガーズ』の制作中にすでにカバーして、先に発表している。これもキースとグラムの親交の深さの由縁だろう。
カントリー・ロックの名曲はもう1曲収録されている。「デッド・フラワーズ」だ。ミックのカントリーを意識した感じのヴォーカルもいいし、硬質で輝くようなエレキギターの音色もいい。ただのカントリーミュージックの模倣ではない、ストーンズ流のロックに昇華されているし、あらためてジャガー&リチャーズのソング・ライティングの懐の広さを感じる。グラム・パーソンズの「ファンの女の子に花束をもらったんだけど、よく見たら枯れてやがった」という話をキースが面白がり、そこから生まれたという説もある。
「スウェイ」もまたミックの噛み付かんばかりの悪魔的なヴォーカルが凄まじい名曲だ。彼は悪魔になりきると本当に生き生きしている。この曲を書いたのはミック・ジャガーとミック・テイラーだったらしいが、しかしソングライターのクレジットはジャガー&リチャーズだったので、21歳のミック・テイラーはとても悲しんだ、と伝えられている。キースはこの曲にはコーラスでしか参加していない。
そのミック・テイラーが大活躍するのが「キャント・ユー・ヒア・ミー・ノッキング」だ。それまでのストーンズには無かったような新境地で、メタリックなギターやクールなコーラスがハード・ロック風でいかにもこの時代らしい曲だ。後半はミック・テイラーのギターとボビー・キーズのサックスによる新参コンビのジャム・セッションが繰り広げられる。これもまたこれまでのストーンズにはなかった展開だ。テイラーのギターは、エレガントさと獰猛さを併せ持ったような、今聴いても信じられないほど早熟な天才ギタリストだった。
ミックのヴォーカルが冴える「アイ・ガット・ザ・ブルース」と、ダラーンとしたスライドギターが心地よい「ユー・ガッタ・ムーヴ」はブルース/R&Bバンドとしての面目躍如だし、不気味で陰鬱でゾクゾクする、ライ・クーダーのギターも印象的な「シスター・モーフィン」もまた聴きものだ。このアルバムに捨て曲や駄曲は一切ない。
ラスト・ナンバーの「ムーンライト・マイル」も好きな曲だ。ヨーロッパツアー中、列車の中で、疲れて月を見ていたミックが、早く家に帰りたいなと思いながら書いたそうだ。
どこか和風テイストも感じさせる壮大なメロディと、バンドサウンドと-、美しいストリングスが心地よく絡み合う夜の音楽だ。
真夜中の森と湖を月明りを頼りにさまよっているような、神秘的でファンタジックな曲だ。
この革新的なアルバムは、全英1位、全米1位、その他各国でも1位を獲得し、それまでのストーンズ史上最も売れたアルバムとなった。日本でもオリコン9位まで上昇している。
芸術性と商業性を高い次元で両立させた完璧なロック・アルバムであり、70年代のストーンズの最高傑作である。
(Goro)