1989
この年、日本では昭和から平成へと時代が変わり、ベルリンの壁がついに壊され、米ソ首脳のツーショットという想像だにしなかった会談が実現し、長かった冷戦時代の終わりと核戦争の恐怖からの解放を予感させる、なんだか希望が持てそうな未来が始まる予感に期待が膨らんでいた。
そしてロックシーンもこの年に大きな転換点を迎えていた。
シンセ・ポップもニュー・ロマンティックも衰退し、ザ・スミスも解散して火が消えたようだった英国ロックシーンは、彗星のように現れた救世主、ザ・ストーン・ローゼスのデビューと、彼らを中心としたマンチェスター・ムーヴメント(マッドチェスターとも言う)で、久々の盛り上がりを見せた。
ハッピー・マンデーズのメンバーが持ち込んだとも言われる”エクスタシー(MDMA)”などの新たなドラッグ文化がマンチェスターのクラブで流行したのをきっかけに、そんなクラブのレイヴ・パーティーで生演奏されたのが、60年代サイケデリック・ロックとハウス・ミュージックの4つ打ちビートを融合させたような、新時代の”踊れるロック”だった。
とは言え、今あらためて聴けば、ストーン・ローゼス以外はそれほどたいしたものでもない。だから当時からマンチェスター・ムーヴメントは、おマンチェなどと揶揄的に言われたり、へなちょこ野郎などの否定的な意見も多かった。
まあ、久々のムーヴメントっぽい盛り上がりに浮かれていたのだ。でも、ロックが浮かれてなにが悪い、ということだ。われわれは、浮かれたかったのだ。
米国でもすでにオルタナティヴ・ロックの扉は前年あたりから開かれ、ロックシーンは新たな盛り上がりを見せていた。
世界が希望の持てる未来に向けて大きく変わろうとしていたこの激動の年、ロックシーンも、MTV向きに磨き上げられた音の完成度は高いがその分リアリティに欠けるメインストリーム・ロックの時代が終わり、完成度は低いがその分よりリアルで刺激的なオルタナティヴ・ロックがわれわれを興奮させるという、新しい時代が始まったのだ。
The Stone Roses – I Wanna Be Adored
マンチェスター・ムーヴメントを牽引したストーン・ローゼスの1st『石と薔薇』は名曲揃いの名盤であり、死んだように冷たく硬直していた英国ロックシーンを一気に叩き起こした革命の号砲だった。
わたしが80年代最高のロック・アルバムを選ぶとしたら、たぶんこれを選ぶだろう。
この曲はアルバムの冒頭を飾る、彼らの代表曲のひとつだ。
James – Sit down
マンチェスターの先輩ザ・スミスと同じようなネーミングセンスのジェイムスも、マンチェスター・ムーヴメントの一角を担った。
この曲はこの年にリリースされたシングルだが、当初は鳴かず飛ばずだったものの、2年後にギターを強調したアレンジに変えて再リリースすると、全英2位の大ヒットとなった。
Inspiral Carpets – Move
マンチェスター・ムーヴメントの中で、ストーン・ローゼス、ハッピー・マンデーズの次くらいのポジションにいたのがこのインスパイラル・カーペッツだ。
ハモンド・オルガンを使ったサウンドとディストーション・ギターが特徴だが、前二者に比べると当初はそれほどのインパクトはなかった。
しかしコンスタントにヒットを出し、結果的には一番長続きした(1995年解散、2003年に再結成して現在まで続いている模様)。
The Jesus & Mary Chain – Head On
ベーシストもドラマーもいなくなり、ジムとウィリアムのリード兄弟だけになった3rd『オートマティック』からのシングルで、彼らの代表曲だ。
ドラムはドラムマシン、ベースはシンセを使用した”オートマティック”なリズム隊に、彼ららしいパワフルなギターを中心にしたストレートなロケンロールは、当時としては新たな方向性をロックシーンに示すことになった。「そうか、ロケンロールもアリか!」みたいな。
だから大してヒットはしていないものの、シーンに与えた影響はかなり大きかった印象がある。
The Wedding Present – Kennedy
英国の名門リーズ大学で結成されたバンド。いかにも内向的なモゴモゴとしたヴォーカルに、ノイジーなギターを高速カッティングする根暗パンク君みたいな音楽性は、当時の社交性ゼロでこの世の側溝に潜んで生きてるようなわたしにはなんだかとてもしっくりくるバンドだった。ライヴも観に行ったな。
この曲は彼らの2ndアルバム『ビザーロ(Bizarro)』からのシングルで英33位と、浮上のきっかけとなった曲。
The Sundays – Can’t Be Sure
騒々しい音楽ばかりでは申し訳ないので、この年日本でも注目を浴びたイギリスのバンド、ザ・サンデイズの歌姫、ハリエット・ホイーラーの天使の歌声を、あらザ・スミスが好きなのねとすぐにわかるネオアコ風サウンドに乗せてお届けしよう。
この曲は彼らのデビュー・シングル。一度聴いただけで好きになったな。
Ministry – Burning Inside
ミニストリーは1983年にデビューした、米イリノイ州シカゴ出身のインダストリアル・メタルバンドの開祖だ。
インダストリアル・メタルとは、打ち込みやシンセを使用したエレクトロ・ミュージックとスラッシュ・メタルを融合させた、金属的なハンマービートや空を切り裂くようなノイズや絶叫が交錯する、まるで板金プレス工場で起こった大惨事のような音楽だ。当時はこの世で最もいかついバンドだと思ってたな。
この曲は4枚目のアルバム『ザ・マインド・イズ・ア・テリブル・シング・トゥ・テイスト(The Mind Is a Terrible Thing to Taste)』からのシングル。
Pixies – Debaser
ピクシーズの2ndにして最高傑作『ドリトル』の冒頭を飾る曲で、彼らの代表曲だ。
デブでハゲで性格も悪いらしいが天才でもあるブラック・フランシスの、血管が破裂しそうな絶叫ヴォーカルとラウドなギターがどこまでもポップでチャーミングだ。
ベースのキム・ディールのコーラスがまたいいんだよなあ。
Nirvana – About A Girl
まだまったく注目されていなかったが、ひっそりと地元シアトルのインディ・レーベルSUB POPからリリースされたニルヴァーナの1stアルバム『ブリーチ』収録曲。
ドラムもデイヴ・グロールではないし、次作『ネヴァーマインド』に比べると全体的にはまだまだ粗削りな感じだけれど、スルッと耳に入って来て離れないフックのあるメロディ、ギョッとするようなコード進行の快感など、カート・コバーンのソングライティングの本領がすでに発揮されているのがこの曲だ。
Neil Young – Rockin’ in The Free World
80年代はセールス的に絶不調で、その音楽スタイルも迷走に迷走を重ねてレーベルと対立したりもしたニール・ヤングだったが、この年のアルバム『フリーダム』で見事復活を遂げた。
激動の世界情勢と共に、オルタナティヴ・ロックの台頭で激しいギター・ロックが戻ってきつつあったこともニールの心に火をつけたことは間違いないだろう。
それなら元祖はオレだ!と言わんばかりのこの曲の激しいギターと、いつになく気合の入った歌声を聴けば想像できるというものだ。
選んだ10曲がぶっ続けで聴けるYouTubeのプレイリストを作成しましたので、ご利用ください。
♪YouTubeプレイリスト⇒ ヒストリー・オブ・ロック 1989【マンチェスターからの救世主】Greatest 10 Songs
ぜひお楽しみください。
(by goro)