⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
Van Morrison
“Moondance” (1970)
1970年1月にリリースされたヴァン・モリソンの3rdアルバムだ。
前作『アストラル・ウィークス』は、ロックともジャズとも前衛とも言い難い、まるで新しい音楽ジャンルをひとりでつくってしまったような、あまりに斬新すぎてガチすぎて素晴らしすぎたため、まったく売れなかったそうな。
そのため本作の制作過程では、ちゃんと売れるものを作ろうとしたという。ヴァン・モリソンは次のように語っている。
私は主に売るためにアルバムを作っている。あまりに突飛すぎると、多くの人が共感できないだろう。
芸術的なことは忘れなければならなかった。現実的に意味がなかったからだ。人は生きていかなければならないのだ。
「人は生きていかなければならないのだ」というリアリティを核に持つのが、まさにロックという音楽なのだな、とわたしは思う。
彼はこの時期、ニューヨーク北部のウッドストック近くに妻と移り住み、ちょうど当時その地に住んでいたボブ・ディランとザ・バンドの音楽に強く影響を受けながら、本作の曲を書いたという。
上記の発言はまるで、商売のために芸術性を諦めたみたいに聞こえかねないけれども、しかし完成した本作は、たしかに前作よりわかりやすく、親しみやすいものになっているが、同時に凡百のロック・アルバムが逆立ちしても敵わないほどの、芸術的高みに到達している。
彼はこのときまだたったの24歳だったが、その熟成された歌声や、確固たる独自の音楽の世界をすでに完成させていたのは驚くべきことだ。やはり天才は違うのである。
【オリジナルLP収録曲】
SIDE A
1 ストーンド・ミー
2 ムーンダンス
3 クレイジー・ラヴ
4 キャラヴァン
5 イントゥ・ザ・ミスティック
SIDE
1 カム・ランニング
2 ジーズ・ドリームス・オブ・ユー
3 ブラン・ニュー・デイ
4 エヴリワン
5 嬉しい便り
「ロック史上最強のA面」とも評された前半5曲はとくに凄い。
冒頭の「ストーンド・ミー」から、オーティス・レディングやザ・バンドを想起させるようなじんわりと沁みるメロディ、その素晴らしい声、そしてアコースティック・サウンドが美しいアレンジに、いつのまにかこのアルバムのディープで豊潤な夜の世界にずるずると滑り落ちていく。
ソウルフルな歌声は、そのシャウトにも、ささやくような声にも、ざわざわと感情を揺さぶられる。
隅々まで練られたアレンジも素晴らしく、ホーンやキーボード、女性コーラスなども加わった比較的大きな編成にも関わらず徹底して抑制されサウンドは、小さなアコギの響きの一音までもが美しい。
トータルアルバムのようにドラマチックに曲は進み、一度聴き始めるとやめられない。
永久に聴いていられるような気さえしてくる。わたしにとっては、ロック史上最高の〈夜のアルバム〉のひとつである。
「売れるものを作ろうとした」というヴァン・モリソンの正しい努力は実り、アルバムは全米29位のヒットとなり、アルバムの半数ほどの曲がFMラジオの定番となり、その後も彼の最高傑作として永く愛され続けている。
芸術性が高く、リスナーにも受け入れられ、時代が変わってもまったくその価値が揺るがない、こういうものを本当の不滅の名盤と言うべきなのだろう。
↓ ジャズ・フレーバーあふれるタイトル曲「ムーンダンス」。これを聴いただけでもこの若き天才の頭ひとつ抜けた独創性と芸術性に感嘆せざるを得ない。
↓ わたしがヴァン・モリソンで最初に好きになったのがこの曲だった。特徴的なベースラインがまず耳に残り、ところどころに入るアコギの小さな美しいフレーズに心奪われ、管楽器のフレーズが頭から離れなくなった。聴くたびに心の奥深くへと入り込んでくる、深遠な音楽だ。
(Goro)