Tom Waits
Martha (1973)
トム・ウェイツの名盤1st『クロージング・タイム』の中でも最も美しい曲のひとつだ。
たぶん60歳ぐらいの年齢になる男が、昔の恋人に40年ぶりに長距離電話で話すという歌だ。
お互いがそれぞれ結婚して家族を持ったことを喜び合い、昔のことを思い出し、若くて衝動的でバカだったと笑い合う。
そして「おれたちは一緒になる運命じゃなかったけど、でもマーサ、おれはきみのことを愛してるんだ」と告白する。
聴いていると、ロマンティックを超えて、せつなく、哀しくなってくる。人生ってなんなんだろう、過去の記憶ってなんのために残ってるんだろう、などと想いを巡らせてしまう。
それにしても「記憶」という能力も不思議なものだ。なんでこんな、過去のことを覚えていられる能力なんかが備わっているんだろうと、あらためて思ってしまう。それも結構膨大なメモリ容量で。
この能力がまったくなければ人類は生存することも不可能なのだろうけれども、もうちょっと容量が小さかったりすると人はもう少しシンプルでラクに生きられるのではないかとも思ってしまう。
心の傷や愛憎も、記憶に残さずにさっさと消えて行ってしまった方がラクに生きられそうな気がするけれども、どうやら人間はそうは進化しなかったようだ。
たぶん、これほどデカい記憶容量のほうへと進化しなければ文明はここまで発展しなかっただろうし、そういう意味では記憶という能力は人類の核の部分なのかもしれない。
ただし、われわれのような人生の折り返し地点もとっくに過ぎた年齢になってくると、この能力もあからさまにグングンと減退していく。
思い出やこれまで学んだことや培ってきた経験の記憶がどんどん消えていく気がして、こうなってくると「記憶」を大切にしなければとあわてて思い始めるものだから、やっぱり哀しい生き物なのだけれども、でもなぜか、音楽だけはどんなに古くても、何十年も聴いていない歌でも、忘れることがないんだよねえ、不思議なことに。
↓ 1973年発表のティム・バックリィのアルバム『セフローニア』に収録されたカバー。
(Goro)