⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
T.Rex
“The Slider” (1972)
前作『電気の武者』のヒットで火が点き、イギリスのティーンエイジャーたちが熱狂したグラム・ロック・ブーム真っ只中の1972年7月にリリースされた、通算7枚目のアルバムだ。
わたしがT.レックスを初めて聴いたのはたぶん18か19ぐらいの頃だったと思う。
聴いたのはこのアルバムだった。1曲目の「メタル・グルー」を聴いただけですぐに好きになった。
一度聴いただけで好きになる、なんてこともあの頃はよくあったものだ。
今は滅多にない。
プロデュースは前作に引き続きトニー・ヴィスコンティで、前作で半ば実験的に作られた独特のT.REXサウンドを踏襲し、さらに磨き上げ、確固たるものに仕上げている。ストリングスのアレンジはさらに美しく、元タートルズの二人によるコーラスは大いに張り切り、絶賛大ブレイク中のマーク・ボランの声もギターも自信に満ち溢れたものに聴こえる。
アルバムは全英4位、全米17位、日本でもオリコン6位と、前作に続き世界的なヒットとなった。
【オリジナルLP収録曲】
SIDE A
1 メタル・グルー
2 ミスティック・レディ
3 ロック・オン
4 ザ・スライダー
5 ベイビー・ブーメラン
6 スペースボール・リコチェット
7 ビューイック・マッケイン
SIDE B
1 テレグラム・サム
2 ラビット・ファイター
3 ベイビー・ストレンジ
4 ボールルームス・オブ・マーズ
5 チャリオット・チューグル
6 メイン・マン
全英1位のヒットとなったA1「メタル・グルー」は、もう最初の10秒ぐらいで誰もが好きになるはずなので、せっかちな人にもおすすめだ。そのうえ、何の悩みもない曲なので、悩んでばっかりいる人や、本当に何の悩みもない人にもお薦めである。
B1「テレグラム・サム」も同様に全英1位のヒットとなった。ハード・ロックやブルース・ロック、アート・ロックやプログレッシヴ・ロックといったロックの進化が極まった時代において、このあまりのシンプルさ、わかりやすさ、カッコ良さは反動的とさえ言えるだろう。
わたしは常々、こういうものが本当にホンモノの、ロックというものではないだろうか、と密かに思っている。
上記のような代表曲ももちろん良いが、このアルバムもまた隠れた名曲の宝庫だ。
抒情性を湛えたフォーキーな「ボールルームス・オブ・マーズ」や「スペースボール・リコチェット」はわたしの琴線を震わせる愛すべき佳曲だし、内容なんて空っぽなはずの「メイン・マン」ですら抗いがたい魅力がある。レッド・ツェッペリンを意識したという「ビューイック・マッケイン」や、元気いっぱいの「チャリオット・チューグル」のようなハードな曲ももちろん最高だ。
T.レックスの曲はどれも単純でアホみたいだ、という人もいるかもしれないけど、しかしあのキラキラと輝く浮遊感と、ポップなのにヘヴィでもあるあの感じというのはなかなか出せるものではないはずだ。
それこそレッド・ツェッペリンぐらい巧いバンドが「テレグラム・サム」をカバーしたら、きっともっと凝ったアレンジでビシッと上手にやるのだろうけど、「いや、そういうことじゃないんだよね~」なんて言われてしまうのがオチだ。
マーク・ボランは、存在そのものがロックンロール・マジックみたいなものだ。技術なんてなくても、彼が少し手を触れただけで彼のレスポールはキラキラと輝いて、カッコいいブギーを歌い出すのだ。
そうそう、本作はまたジャケットも素晴らしい。
「1度聴いただけで好きになった」と書いたが、実際はもうジャケットを見たときからだいぶ好きになっていたのだと思う。それぐらいこのジャケットは魅惑的だ。
この写真は元ビートルズのリンゴ・スターが撮影したものとしてよく知られている。
この粒子の粗い白黒写真は、実は現像に失敗した偶然の産物だったという。
こんな、異世界から来た魔法使いのような写真がこれほど様になるのは、ロック界広しといえどマーク・ボランをおいて他にいないだろう。
↓ 全英1位の大ヒットとなった「メタル・グルー」。曲は極めて単純だが、素晴らしいアレンジの勝利。
↓ こちらも全英1位のヒットとなった「テレグラム・サム」。いかにもT.レックスらしいブギーの名曲。
(Goro)