⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
Bob Dylan
“Desire” (1976)
70年代のボブ・ディランのアルバムでは前年の『血の轍』を最高傑作に挙げる人が多いけれども、わたしは本作のほうが好きだ。
前年のコンサート・ツアー「ローリング・サンダー・レヴュー」で集めたバンドを使って、ほぼ一発録りでレコーディングされた本作は、気持ちが通じ合ったバンドとの親密な一体感を感じる。
バンドのメンバーはニューヨークの無名ミュージシャンたちだけれども、洗練されていない、ザラッとした質感の、良い意味で汚くて熱い音がまたいい。録音のせいもあるだろうけど、こんなに勢いや圧を感じるディラン作品は『追憶のハイウェイ61』以来だと思う。
アルバム『欲望』は、ディランのアルバムの中でも際立ってエモーショナルな作品だ。
『血の轍』のようなクールで澄んだサウンドではなく、勢いと熱気でひしゃげて歪んだ濃厚なサウンドだ。
なによりも、スカーレット・リヴェラによるジプシー風のヴァイオリンの存在感が大きい。
そのリヴェラは「わたしがもう数秒、道を渡るのが早かったら、ディランに会うことはなかった」と語っている。
グリニッチ・ヴィレッジの鋪道をリヴェラがヴァイオリン・ケースを提げて歩いていると、高級車が近寄って来た。窓がスーッと開くと、ボブ・ディランが顔を覗かせ、「それはヴァイオリンだろ? 一緒にセッションしないか」と声をかけられ、そのままスタジオへ連れて行かれたという。
そんなリヴェラの、情念が迸るようなエレジー調のヴァイオリンが「もうひとつのヴォーカル」として機能し、さらにエミルー・ハリスのコーラスも加わって、本作をむせかえるほどエモーショナルなものにしたと言える。
本作は1976年1月にリリースされ、全米1位、全英3位の大ヒットとなり、ディランのアルバムの中でも『血の轍』と並んで最も大きなセールスを記録した。
【オリジナルLP収録曲】
SIDE A
1 ハリケーン
2 イシス
3 モザンビーク
4 コーヒーもう一杯
5 オー、シスター
SIDE B
1 ジョーイー
2 ドゥランゴのロマンス
3 ブラック・ダイアモンド湾
4 サラ
ディランのアルバムはだいたいにおいてその1曲目がアルバムの顔になっていて、ほぼその出来でアルバム全体の出来や、気合の程が窺えるものだけど、このアルバムはド級の名曲「ハリケーン」から始まる。
殺人の冤罪で投獄され、当時収監中だったプロボクサー、ハリケーン・ルービン・カーターについて歌った、プロテスト・ソングだ。事件の詳しい状況を語りながら、彼の無実や警察の横暴、根深い人種差別について訴える内容である。
このハリケーン・ルービン・カーター事件は、2000年に『ザ・ハリケーン』として映画化された。デンゼル・ワシンシン主演の傑作で、もちろんディランのこの曲が主題歌として使用されている。
「ハリケーン」以外にも、「オー、シスター」や、「ジョーイ」「ドゥランゴのロマンス」、当時の妻に捧げた「サラ」などもまた、ねっとりとした濃厚な情感がたまらない。少しだけ中近東風でもある「コーヒーもう一杯」は日本でもヒットした。
↓ 殺人犯として投獄されたプロボクサー、ハリケーン・ルービン・カーターの無実を訴え、警察の人種差別を批判した「ハリケーン」。
↓ 日本でシングル・カットされ、ヒットした、異国情緒あふれる「コーヒーもう一杯」。ローリング・サンダー・レヴューのツアーの映像だ。
(Goro)