初期の吉田拓郎の”フォークシンガー”のイメージは実は彼の数あるうちの一面に過ぎず、もともとキャッチーな歌メロのポップソングを得意としていた吉田拓郎の書く歌謡曲は、自分で歌うための曲よりもさらにポップで、大胆な遊び心もあり、また別の魅力を放っている。わたしが吉田拓郎をただの天才ではなく、破格の天才だと断じるのは、この歌謡曲作家としての才能も凄いと思っているからだ。
1974年に森進一に提供した「襟裳岬」でレコード大賞を受賞すると、その後は演歌からアイドル歌謡まで作曲の依頼が殺到し、ヒットを連発、吉田拓郎は歌謡曲作家としても評価を確立した。
あの格式ばったレコード大賞受賞式の舞台に拓郎がラフなジーンズ姿で登場したことが話題になったが、あの光景はまた、歌謡界の流れが変わり、時代が変わった象徴的なシーンだった。
吉田拓郎が他の歌手へ提供した曲は、現在ウィキペディアに載っているだけでも150曲、たぶんまだまだ漏れているものもあるだろう。
アルバム用の曲なども多いので、もちろんわたしも全部は聴いたことがない。でも昔からできるだけ音源を集めてきたので、メジャーなものはひと通り聴いているつもりだ。そのわたしの知りうる限りの中から、今回はベスト30を選んでみた。
尚、今回は「提供曲」だけに絞り、拓郎本人のバージョンが先にリリースされていたものはすべて「カバー」として対象外としている。なのでkinki kidsの「全部抱きしめて」や、猫の「雪」なども残念ながら対象外である。
作詞:山川啓介 作曲:吉田拓郎
宮内淳が主演した日本テレビのドラマ『あさひが丘の大統領』の主題歌として書かれた曲だ。ドラマは高校のラグビー部を中心とした、当時よくあった青春ものだ。見てたなあ。わたしは中学一年生だった。懐かしい。
作詞:売野雅勇 作曲:吉田拓郎
研ナオコの36枚目のシングルとして1985年にリリースされた。大人っぽい良い曲だと思うが、残念ながらオリコンシングルチャート78位と奮わなかった。
作詞:康珍化 作曲:吉田拓郎
中村雅俊の91年のアルバム『時の肖像』のために提供された曲。シングルカットはされていない。
同年にリリースされた吉田拓郎のアルバム『detente』にもセルフカバーで収録された。
作詞:阿久悠 作曲:吉田拓郎
石野真子の2ndシングル。デビュー曲の「狼なんか怖くない」と同じく、阿久&拓郎コンビとなった。オリコンシングルチャート最高位26位。
タイトルは「わたしのドン」と読む。当時広島で起きていた暴力団抗争からヒントを得て阿久悠が付けたタイトルというが、本当かな。
それにしても、八重歯でガタガタの歯並びのアイドルなんて今では考えられないだろうけど、当時はこれも彼女のチャームポイントだったのだ。
作詞:岡本おさみ 作曲:吉田拓郎
小柳ルミ子の74年のシングル「ひとり囃子-”祇園祭より”-」のB面に収録された曲。小柳ルミ子は当時21歳だが、驚くほど豊かな表現力の歌声を聴かせる。
歌詞は岡本おさみらしい、旅情豊かで情景が浮かんでくるような名詞だ。白状してしまうと、わたしは拓郎が書く詞よりも岡本おさみの書く詞のほうが好きなのだ。
拓郎がセルフカバーしたバージョンは77年のアルバム『ぷらいべえと』に収録された。
作詞:来生えつこ 作曲:吉田拓郎
松本伊代の8枚目のシングルとしてリリースされた曲。ゴリッゴリの拓郎節が冴えわたる歌メロで、知らずに聴いたとしても一発で拓郎の作曲だとわかる曲だ。オリコン13位のヒットとなった。
作詞:松本隆 作曲:吉田拓郎
「失恋魔術師」とはまたよくわからないキャラクターだ。リアルに想像し始めると、怖い童話みたいなだんだん不気味な世界観に思えてくる。しかし太田裕美の癒し成分多めの声で歌われるとそんなことはどうでもよくなってくるが。
オリコンシングルチャート22位のヒットとなった。
作詞:欽ちゃんバンド+森雪之丞 作曲:吉田拓郎
TBSテレビの『欽ちゃんの週刊欽曜日』の「欽ちゃんバンド」のコーナーから生まれた曲。
当時わたしも番組を見ていた。吉田拓郎がゲスト出演した回に、欽ちゃんが曲を書いてほしいと頼み、歌詞はその場で「欽ちゃんバンド」のメンバーたちがフレーズを出し合って作っていった。その場では変テコな歌詞になったが、最終的には森雪之丞がきれいにまとめて完成したものが欽ちゃんバンドのメンバーである風見慎吾のデビュー曲としてリリースされたのだ。
番組の人気も後押しし、オリコン6位の大ヒットとなった。
作詞・作曲:吉田拓郎
鈴木ヒロミツ率いるモップスは、日本のサイケデリック・バンドの草分け的存在として知られている。ギターの星勝は作曲家・アレンジャーとしてもよく知られている。
オリコン26位、14万枚を売り上げ、モップス最大のヒットとなった。
しかしまあ好みの問題だが、わたしは『元気です。』に収録された拓郎本人の軽やかで爽やかなバージョンのほうが好きだな。
作詞:松本隆 作曲:吉田拓郎
トランザムはドラムのチト河内、ベースの後藤次利などを中心とした、元新六文銭(初期の吉田拓郎のバックバンド)や元フラワー・トラヴェリン・バンドのメンバーが結成したバンドだ。
この曲は1975年に放送された、松田優作と中村雅俊の刑事ドラマ『俺たちの勲章』のために書かれたインスト曲で、それに松本隆が歌詞をつけ、トランザムが歌ってシングルとして75年5月にリリースしたものだ。
その3か月後に開催された吉田拓郎の最初のつま恋オールナイトライブのオープニングで、トランザムをバックにこの歌が歌われた。
作詞:岡本おさみ 作曲:吉田拓郎
詞も曲も、森山良子らしさが存分に発揮されるように書かれた曲だなあと感心する。
ノスタルジックでどことなく異国情緒もあるメロディーだ。ロシア民謡とか。知らんけど。メアリー・ホプキンの「悲しき天使」を思い出したりもするのだけれど、その日本語版も歌ってるのだな、良子さんは。
オリコン45位。この年の紅白歌合戦に出場し、この歌を歌った。
作詞:石原信一 作曲:吉田拓郎
島倉千代子の95年のアルバム『LOVE SONG』収録曲。隅々まで丁寧に作り込んだ印象のある歌メロは、拓郎の島倉千代子へのリスペクトと愛情を感じるほどだ。当時57歳の島倉の優しく可憐な歌唱がまた素晴らしい。
2018年にリリースされた吉田拓郎の編集盤『From T』に、拓郎が歌ったこの曲のデモテープが収録されている。
作詞・作曲:吉田拓郎
1975年7月にリリースされたシングル。B面も拓郎の名曲のカバー「祭りのあと」だった。マチャアキの気迫の熱唱が素晴らしい。味のある声がいい。あらためてうまいなあと感動する。
拓郎本人バージョンは『明日に向かって走れ』に収録されているが、この曲はマチャアキのほうがいいな。
作詞:松本隆 作曲:吉田拓郎
大ヒットした「我が良き友よ」の次に発表したシングル。こちらのほうは残念ながらあまりヒットしなかったようだ。これもかまやつひろしの声にぴったりの曲だけれども。
拓郎バージョンはこの翌年に発表されたアルバム『明日に向かって走れ』に収録されている。
2018年の企画盤『From T』にも自ら選曲し、「このメロディーが僕は本当に気に入っている」とライナーノーツで自賛している。
作詞:岡本おさみ 作曲:吉田拓郎
詞も面白いが、曲もまたどこがサビだかわからないような感じなのに不思議と気持ちのいい、何度も聴きたくなる名曲となった。
まるで岡本おさみと吉田拓郎が「こんな詞に曲をつけるのは無理だろ?」「これでどうだ!」みたいな闘いが起こっているのを想像してしまう。
この曲の拓郎バージョンは91年のアルバム『detente』に収録されている。
作詞:松本隆 作曲:吉田拓郎
もうこの頃にはすでにわたしは吉田拓郎のファンになっていたので、西城秀樹がテレビで歌うのを見て、いやー、良い曲を書いたなあと嬉しく思ったものだ。秀樹にピッタリだ。この時期の秀樹は”ポップン・ロール”というスタイルを確立させようとしていた。
オリコン9位のヒットとなり、この年のレコード大賞金賞にも選出された。
作詞:康珍化 作曲:吉田拓郎
吉田拓郎が初めてジャニーズの歌手に提供した曲だ。オリコン4位とヒットし、その年のレコード大賞金賞も受賞した。
前年の「愚か者」など、アイドルのイメージから脱皮しつつあったマッチの、男っぽい豪快な酒飲みの歌だが、当時のマッチはまだたったの24歳だったのだな。
作詞・作曲:吉田拓郎
『第1回フォーライフ新人オーディション』でグランプリを獲得し、フォーライフレコード新人第1号としてデビューした川村ゆうこのデビュー曲。プロデュースも拓郎自身が務め、大きな話題となったが、しかしオリコン46位と、あまり売れなかった。
当初から拓郎の自信作だったが、2006年のインタビューでも、これまででいちばん気に入っている提供曲を訊かれて、この曲を挙げている。
拓郎バージョンは85年のアルバム『俺が愛した馬鹿』に収録されている。
他に沢田聖子、中ノ森バンド、我那覇美奈などもカバーしているが、わたしがとくに好きなのは真心ブラザーズのバージョンだ。
作詞:松本隆 作曲:吉田拓郎
ヒット曲を連発した人気絶頂期の74年に突然芸能活動を休業し、カナダのトロント大学に留学したアグネスが4年ぶりに芸能界に復帰し、その第一弾シングルとなった曲。タイトルも、歌い出しの「おかえり、ただいま」もその事情にかけているのだろう。オリコン22位。
マイナーの印象的なメロディから始まり、大サビの「アゲーン、アゲン」でメジャーに変わる瞬間がたまらない。こういうことするよなあ、拓郎って。
作詞:松本隆 作曲:吉田拓郎
アグネス・チャンの78年のアルバム『ヨーイ・ドン』に収録された曲。シングルでも充分いけそうなキャッチーな曲だが、シングルカットはされなかった。
アグネスの歌声はキレがよくて素晴らしい。途中、歌詞に合わせて笑いながら歌うのもアグネスらしくていい。最後の「ハート通信ヒュルルル」もなんだかたまらない。
翌79年には石川ひとみがカバーしてシングルリリースしている。
作詞:阿久悠 作曲:吉田拓郎
石野真子のデビュー曲で、オリコン17位のヒットとなった。アイドルの曲も多く手掛けていた拓郎だったが、デビュー曲を手掛けるのはこの曲が初めてだった。
拓郎が初めて石野真子を紹介されたときは、本当にこの子がデビューするのかと驚いたほど太っていて垢ぬけなかったそうだが、それからデビューまでの3か月で見事に仕上げてきたという。
歌詞もさすが阿久悠。わかりにくい言葉や表現などひとつも出てこないのに印象的なイメージがすっきりと入ってくる日本語が素晴らしい。
作詞:喜多条忠 作曲:吉田拓郎
郷ひろみ、西城秀樹、桜田淳子共演の1975年のTBS系ドラマ『あこがれ共同隊』の主題歌として書かれたシングルで、オリコン19位のヒットとなった。拓郎の才能が最も炸裂していた頃で、湯水のようにメロディーがあふれていた時代の名曲だ。
原宿表参道に実際にあった喫茶店《ペニーレイン》がドラマにも使われ、山田パンダはそのマスター役で出演もしていた。コーラスは山下達郎を含むシュガー・ベイブ、ドラムは村上”ポンタ”秀一など、豪華な布陣が務めている。
なお近年、吉田拓郎のラジオに山下達郎が出演した際、山下がこの録音に参加していた話をしたものの、拓郎は当時山下がいたことを覚えていなかった。
作詞・作曲:吉田拓郎
山本コウタローと山田パンダのデュオでリリースされたシングル。旧友の二人が偶然再会して、現在の生活や昔抱いた夢について語り合うという、じんわりと胸が熱くなるような内容の歌だ。拓郎にとっても自信作だったようで、当時のラジオ番組で「『我が良き友よ』以来の名曲ではないか」などと自画自賛していた。
拓郎バージョンも1984年にシングル化されている。歌詞が少し変えられているのがなんだかちょっと違和感があり、アレンジも含めて、山本山田のバージョンのほうがわたしは好きだ。
作詞:喜多条忠 作曲:吉田拓郎
良い歌詞に良い曲。中村雅俊の声とキャラクターがまたよく合っている、シンプルだが味わい深い名曲だ。
日本テレビのドラマ『俺たちの勲章』の挿入歌としても使われ、オリコン6位、42万枚を売り上げる大ヒットとなった。
拓郎バージョンは77年の『ぷらいべえと』に収録されている。
作詞:岡本おさみ 作曲:吉田拓郎
歌われている情景が鮮やかに目に浮かび、せつない感情と共に強く印象に残る岡本おさみらしい名詞と、どこか常識から逸脱していくような新鮮な展開とメロディが素晴らしい。
吉田拓郎が初めて歌謡曲歌手に提供した楽曲であり、その歌謡曲作家としての才能が開花した瞬間だ。オリコン23位。
作詞:喜多条忠 作曲:吉田拓郎
これもまた吉田拓郎の歌謡曲作家としての才能にあらためて感服するような名曲だ。マイナーキーで始まり、サビの「それでも乃木坂あたりでは…」のところで一瞬メジャーに変わるのは拓郎の得意技だが、この曲でもそれが歌詞を浮き上がらせるように効果的に使われている。
レコーディングで拓郎は梓に「もっと下手に歌ってほしい」と指示したという。歌詞の少し蓮っ葉な主人公のような、どこか影のある水商売のママのような、そんな歌い方を求めたのだろう。
梓はビブラートなども抑えてあえて素人っぽく歌っていて、これがこの曲の独特の魅力になっているのがよくわかる。テレビで歌う時などはまったく上手に朗々と歌っていたけれども。
作詞:喜多条忠 作曲:吉田拓郎
キャンディーズがアイドルのイメージを脱皮しようとしていた時期の大人っぽい印象の曲で、オリコン7位のヒットとなった。今聴いても、なんともまあ感動的なほど美しい曲だ。
拓郎バージョンはその2か月後にリリースされたアルバム『大いなる人』に収録されているが、ちょうどキャンディーズが解散を発表した直後だったため、曲の最後に「さよならー、キャンディーズ」と歌っている。
作詞:喜多条忠 作曲:吉田拓郎
アン・ルイスのデザインによる大胆な衣装、印象的な振り付け、変化に富む見事なコーラス、そして素晴らしくカッコいい曲。オリコン4位、50万枚以上を売り上げる大ヒットとなった、キャンディーズの最高傑作とも言える名曲だ。
拓郎バージョンは『ぷらいべえと』に収録され、このバージョンも素晴らしい出来で、アルバム中の白眉となっている。
作詞・作曲:吉田拓郎
オリコン1位、90万枚の大ヒットとなったかまやつひろしの代表曲。
広島商科大学の同級生をモデルにしたという歌詞は、拓郎が書いたものの中でも最も強い印象を残す歌詞だ。イントロのカッコいいギターは高中正義だ。
拓郎バージョンは97年のセルフカバー・アルバム『みんな大好き』に収録されている。
作詞:岡本おさみ 作曲:吉田拓郎
1974年の日本レコード大賞を受賞した大ヒット曲。オリコン最高位は6位だが、100万枚以上を売り上げるロングセラーとなった。
拓郎の歌謡曲作家としての評価を決定的にし、この後、演歌からアイドル歌謡まで、作曲の依頼が殺到することになる。
オリジナルのレコードの森進一の歌唱は舌を巻くほどの素晴らしさだが、しかしなぜかテレビで歌うときは大きく崩して歌い、名曲を台無しにしている。わたしはあれが大嫌いだ。
拓郎バージョンは74年のアルバム『今はまだ人生を語らず』に収録されているが、この軽快なアレンジもまた良い。
以上、吉田の歌謡曲【吉田拓郎が提供した歌 ベスト30】でした。
お楽しみいただけましたら幸いです。
(goro)