Bruce Springsteen
The River (1980)
遥か遠い遠い昔の若い頃、「そうだ、ハーモニカを吹こう」と思い立った時に、まずこの曲を練習したことを覚えている。
下手クソなりにごまかしごまかし吹けているような気になった頃、では他の曲をやってみようと思ったところで、曲のキーが違うとまた別のハーモニカを購入しなければならないことを知った。当時木造長屋に一人暮らしで、ケツを拭く紙にも困っていたほど貧乏だったわたしは断念せざるを得なかったのだった。
「ザ・リバー」は、スプリングスティーンの曲の中でもわたしが最も好きな曲のひとつだ。
ブルース・スプリングスティーンというと「明日なき暴走」や「ボーン・イン・ザ・USA」のような派手で熱い曲のイメージが強いだろうけれども、わたしは彼の本領は、低く抑えた声で歌われる、名もなき人々の閉塞感と悲哀に満ちた人生の歌だと思っている。
「ザ・リバー」では、そんな何も起こりようがない田舎町で、何かを探し続けたまま年を取っていく名もなき人の想いが歌われている。
おれはメアリーを妊娠させて、19歳で結婚した
結婚式の笑顔は無く、花束もウェディングドレスもなかった
おれは建設会社に職を得た
しかし最近は不況で、仕事も無くなってきた大切に思っていたすべてのことが虚しく消えてしまった
おれは忘れてしまったふりをして
メアリーは無関心を装っている
叶わなかった夢は、すべて偽りだったことになるのか
それともこれは、なにかもっと悪いことなのかそんな思いがおれを川へと向かわせる
あの川はもうとっくに干上がってる
わかってはいるけど、おれは今夜も川へと向かうんだ
(written by Bruce Springsteen)
予期せぬ妊娠により若くして結婚し、仕事と家庭に縛られるようになり、夢も愛も少しずつ色あせてしまったカップルの物語だ。
かつて川辺で二人は未来の夢を語り合ったが、今はその川も干上がってしまい、水も流れていないのだ。
わたしは16歳の時にこの曲を知り、その歌詞に、共感やら動揺やら孤独やら虚しさやら、いろんな感情に揺さぶられた。今でもこの曲を聴くと、そんな感情がざわざわと襲ってくる。
前にもどこかで書いたと思うけど、わたしは外国映画でも日本映画でも、地方都市を舞台にした、人々の澱んだ感情やその閉塞感が漂ってくるようなものを特に好んで見る。大都会のおしゃれな生活やサクセスストーリーなんてものにはまったく興味がわかない。
こういう嗜好はたぶん自分が生まれてこのかたずっとそんな地方都市で暮らしてきたこととに加え、十代の頃に共感したスプリングスティーンの世界観の影響もあるのだろうと思う。
下のライヴ動画は1980年当時のものだ。
いつも全身全霊でパフォーマンスするこんなヴォーカリストが当時は少なかったこともあり、われらのヒーローみたいにカッコ良かったものだ。
(Goro)