流離のパンク詩人 〜リチャード・ヘル&ザ・ヴォイドイズ『ブランク・ジェネレーション』(1977)【最強ロック名盤500】#241

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【最強ロック名盤500】#241
Richard Hell & The Voidoids
“Blank Generation” (1977)

米ケンタッキー州出身のリチャード・レスター・マイヤーズは、デラウェア州の高校に入学し、トム・ミラーに出会う。二人は音楽と文学を愛し、詩人を目指している、似たもの同士だった。彼らは一緒に学校から逃げ出し、放火や器物破損で警察の厄介になるなどした後、高校を中退し、ニューヨークへと移り住んだ。

二人はニューヨークで詩作や出版活動などをしながら、1972年にバンド、ネオン・ボーイズを結成した。トム・ミラーはフランスの詩人ヴェルレーヌから名前を取ってトム・ヴァーレインと名乗り、マイヤーズは心酔していた詩人アルチュール・ランボーを真似て短い髪を逆立て、リチャード・ヘルと名乗った。バンド名はやがてネオン・ボーイズからテレヴィジョンへと変更された。

テレヴィジョンはニューヨークのライヴハウス、CBGBで演奏し、パティ・スミスに影響を与えるなど、パンク・ロックの火付け役となった。しかしやがて、トム・ヴァーレインがリチャード・ヘルの書いた曲を演奏したがらなくなり、またヘルのベース演奏の技術に物足りなさを感じるようになっていった。二人は対立するようになり、レコード・デビュー直前にヘルは脱退してしまう。

それがリチャード・ヘルの、どうにもうまくいかない音楽人生の始まりだった。

その後、ジョニー・サンダースとハートブレイカーズを結成するが、それもたった1カ月で脱退してしまう。さらには、マルコム・マクラレンからバンドのメンバーに誘われるも断り、後にそのバンドがセックス・ピストルズとなる。

まあたぶんだけど、他人と協調するのが苦手で、自分で主導権を握りたいタイプなのだろう。なんとなくわたしはこの人に自分と同じ匂いを感じて、ついつい贔屓目に見てしまう。コンプレックスの塊みたいな、劣等感が叫び声を上げているようにも感じる。

本作はそんな彼が奇跡的な輝きを見せた、最高の瞬間をとどめた1stアルバムだ。1977年8月にリリースされた。もちろんヒットチャートなどにはかすりもしていない。

【オリジナルLP収録曲】

SIDE A

1 ラヴ・カムズ・イン・スパーツ
2 ライアーズ・ビウェア
3 ニュー・プレジャー
4 ビトレイアル・テイクス・トゥー
5 ダウン・アット・ザ・ロックンロール・クラブ 
6 フー・セイズ?

SIDE B

1 ブランク・ジェネレーション
2 ウォーキング・オン・ザ・ウォーター(C.C.R.のカバー)
3 プラン
4 アナザー・ワールド

B1「ブランク・ジェネレーション」は、N.Y.パンクを象徴するアンセムとなった、リチャード・ヘルの一世一代の名曲だ。まるで奇跡が起こったかのように素晴らしい。

アルバム全体としては、ヘルの引き攣ったようなエキセントリックなヴォーカル・スタイルと、やたらと暴力的な変態ギターと、脱臼寸前のギザギザのビートによって、何かを突き抜けた、一種異様な世界を作り出し、パンク・ロックの見本のひとつとなった。

そしてヘルの、髪を立てたり、破れたシャツを着たりといったスタイルは、そっくりそのままセックス・ピストルズへと引き継がれたことで、一気に広まった。いわゆるパンク・ファッションのイメージというのはこのリチャード・ヘルが元祖だといっても過言ではないらしい。

本作は高く評価され、ヘルはパンクを象徴するアイコンとなったものの、その後はヘロインに溺れ、次作をリリースするまでに5年を要し、完全に時季を逸してしまった。パンク・ムーヴメントがとっくに終わった後にリリースされた2ndアルバムは話題にもならず、その後の彼は執筆や俳優などの活動に軸足を移した。

道がふたつに分かれていたら、本能的に茨の道のほうを選んでしまうタイプなのかもしれない。これもわたしと同じだ。きっと後悔に満ちた人生だろう。

しかしパンクの精神的な手本ともなった「ブランク・ジェネレーション」という名曲を残したことだけでも彼の名前は永久に忘れられることはないだろう。

↓ リチャード・ヘルの代表曲であり、N.Y.パンクを象徴するアンセムでもある「ブランク・ジェネレーション」。

↓ テープが逆回転したかのような刺激的なイントロで始まるオープニング・トラック「ラヴ・カムズ・イン・スパーツ」。

(Goro)

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