
⭐️⭐️⭐️⭐️
Pulp
“Different Class” (1995)
本作の大ヒットでパルプの名前をよく聞くようになった当時、「ブラー、オアシスに続いて、また有望なブリット・ポップの新人バンドが出てきたみたいだな」と思っていたら、違った。
パルプは1978年というパンク・ムーヴメント冷めやらぬ時代に結成、そして1983年にデビューしながら鳴かず飛ばずのまま苦節12年を迎えていた、遅咲きバンドだったのだ。フロントマンのジャーヴィス・コッカーはこの当時すでに32歳だった。
「80年代風のキラキラサウンドが一周回って新鮮だな」なんて思って聴いていたら、ただのガチの80年代バンドだったのである。
本作はパルプの通算5枚目のアルバムで、1995年10月にリリースされた。カッコ内は全英シングルチャートの順位だ。
【オリジナルCD収録曲】
1 ミス・シェイプス
2 ペンシル・スカート
3 コモン・ピープル(2位)
4 アイ・スパイ
5 ディスコ2000(7位)
6 ライヴ・ベッド・ショウ
7 サムシング・チェンジド(10位)
8 ソーテッド・フォー・イーズ・アンド・ウィズ(2位)
9 フィーリング・コールド・ラヴ
10 アンダーウェアー
11 マンデイ・モーニング
12 バー・イタリア
ブリット・ポップ・ムーヴメントの盛り上がりに大いに貢献するようにヒット・シングルを連発した本作は、全英アルバムチャートで1位に輝き、130万枚を売り上げる大ヒットとなった。これはブラーの『パーク・ライフ』を上回るセールスであり、一躍ブリット・ポップの顔となった。
ただし、イギリス以外では北欧で少し売れた程度で、アメリカをはじめ他の地域ではほとんど売れていない。日本でも一般的な知名度はほとんどないだろう。逆に言うと、それだけ英国人に刺さりまくる内容だということだ。
本作の原題『Different Class』は「階級差」という意味で、英国の階級社会を示唆している。
国民的アンセムとなった代表曲「コモン・ピープル」は、ヴォーカリストのジャーヴィス・コッカーが学生時代に実際に出会った、富裕層のお嬢様であるギリシャ人女性が言った「労働者階級のような暮らしをしてみたい」という言葉の記憶から生まれた曲だ。
彼女は貧しい「庶民(Common People)」たちの暮らしに憧れていた。庶民たちの質素な生活やささやかな遊びを真似して楽しみ、貧乏な男と付き合い、学校に行かずに仕事を探して、不自由な暮らしをカッコいいと思っていた。
そんな彼女に対して、彼は「でも、ただ毎日生きてるだけで、そこに意味もなければ、どうにかなりようもないし、どこかへ行くあてもない、そんな人生を送る気持ちは、おまえには絶対にわからない。突然人生が破滅することだってあるんだ。おまえには絶対起こらないけど。でもそんなやつらだって生きていて、ときには輝いて見えるから不思議なもんだろ?」と歌う。
こんなリアルな歌詞が80年代風なキラキラしたサウンドと、ジャーヴィスの下手クソだけど熱いヴォーカルで届けられ、すべての「庶民」リスナーたちの共感と熱狂的な支持を得たのだった。
日本の下層階級に属するわたしも大いに共感した。
初期のデヴィッド・ボウイを思わせるようなヴォーカルもいいし、80年代風のチープな味わいのある賑やかなサウンドも一周回って新鮮だった。繰り返し聴くうち、意外と耳から離れないメロディが多いのに気づき、聴けば聴くほど好きになる。プロデューサーはセックス・ピストルズの『勝手にしやがれ』を手がけた、鬼才クリス・トーマスだ。
しかしこの突然の成功の後、ジャーヴィス・コッカーは、予想を超える反応、周囲の賞賛と過度な期待に圧し潰されるようにして、アルコールやドラッグに溺れてしまう。あえてファンの期待を裏切るような重くて暗いシングルを発表するなど、バンドは迷走をはじめ、メンバーも離れて行った。
3年後にようやく発表されたアルバム『ディス・イズ・ハードコア』も、全英1位を記録したものの、その暗い内容に評価は低く、セールスも伸びなかった。そして、それはそのままブリット・ポップ終焉の象徴ともなった。
↓ パルプの代表曲で国民的アンセムとなった「コモン・ピープル」。
↓「もし別の映画を観ていたら」「もし別の地下鉄に乗っていたら」、今の恋人に出会っていなかったかもしれない。そんな日常の些細な選択が、人生を変えてしまう恐怖と美しさを歌う「サムシング・チェンジド」。本作中、最も美しい曲だ。
(Goro)
