⭐️⭐️⭐️⭐️
Pink Floyd
“Atom Heart Mother” (1970)
わたしが『狂気』の次に買ったピンク・フロイドのアルバムが本作だった。1970年10月に発表された5枚目のアルバム『原子心母』である。
まあ、今の若いロックリスナーが見れば、なんてダサいジャケと思うかもしれないが、われわれの若い頃はこの牛ジャケを所有するということは、ロックリスナーとしての大人の階段を昇る、ちょっとしたステータスみたいなものだったのだ。まあその考え方がダサいと言えばダサいが。
【オリジナルLP収録曲】
SUDE A
1 原子心母
SIDE B
1 もしも
2 サマー ’68
3 デブでよろよろの太陽
4 アランのサイケデリック・ブレックファスト
タイトル曲は23分もある超大作だ。23分というのは当時のLPレコードの片面に収録できるほぼ限界の長さである。
プログレに限らないが、この時期のロック・アルバムにはやたらと長尺の曲が多く、レコードの片面で1曲というのもやたらとある。それが流行だったのだろう。わたしはそんな長尺曲が苦手で、それらのほとんどが退屈極まりなかった。
しかしこの曲はめずらしく気に入った。
『狂気』はギター・ロックの延長なので聴きやすかったけれども、こっちはどうやらガチのプログレらしい。きっと前衛的で難解な音楽なのだろうなと、期待半分怖さ半分で構えていたけれども、いざ聴いてみれば思ったほどわけのわからないものでもなく、尖った感じもしない。どこか鈍重な愛嬌と優雅な哀愁さえ感じさせる。
聴きながら、乳牛たちのデモ行進などを思い浮かべてしまう。虚ろな目をした乳牛たちの行列が牧場の中を「搾乳やめろー」「牛権侵ガーイ」などとモーモー鳴きながら牛歩で練り歩く。ときどき草を食んだりゲップをしたり、休んだりしながら。そんなことを思いながら聴いていると、なぜだか心が安らぐ。
デヴィッド・ギルモアが思いついたインスト曲を、クラシックの現代音楽(変な言い方だな)の作曲家ロン・ギーシンに編曲を頼んで完成したという。前衛的でありながらちゃんと音楽的でもあって、少なくとも演奏技術をひけらかして悦に入ったり、スタジオの最新式の機械をイジり倒して遊んでいるだけのものではない。
そしてB面は、さらにピンク・フロイドの良さがよく出ている。
B1はロジャー・ウォーターズの曲、B2はリチャード・ライト、B3はデヴィッド・ギルモアとメンバーそれぞれが書いた曲となっているが、これがそれぞれ良いのだ。
特にわたしはギルモアのB3「デブでよろよろの太陽」が心に沁みてお気に入りだが、ロジャーのB1「もしも」も後の『狂気』の抒情的なテイストを感じさせるし、ライトの「サマー ’68」もなんだか盛り上がる曲だ。ただ、最後の「アランのサイケデリック・ブレックファスト」だけはどうにも退屈でいけないけれども。
タイトルといい、ジャケといい、とにかくいろいろ印象強めのアルバムなので、ピンク・フロイドの代表作として捉えられることも多いのだけれども、ピンク・フロイドらしいアルバムとは言い難いと思う。これは当時の若き野心と情熱が生んだスペシャル・コラボ企画みたいなものだろう。
しかし本作は彼らにとって初の全英1位となった。凄い時代だと思う。
アメリカでは55位とまだまだだったが、しかし日本ではなぜかオリコン・チャート15位と意外によく売れている。
当時の日本のロックリスナーって、なかなかアグレッシヴだったんだなあ。
↓ 23分を超える大作「原子心母」。前衛的でもあるが、なぜか心が安らぐ。
↓ ギルモアによる「デブでよろよろの太陽」。彼は良いギタリストで、良い曲を書くのだ。
(Goro)