60年代に世界中の若者たちを熱狂させた新しい音楽「ロック」は、70年代に入ると巨万の富を産む一大産業として軌道に乗り、ちゃっかり資本主義社会の経済システムに組み込まれ、カウンター・カルチャーとしては完全に死に体となっていた。
そんなロック・シーンを激震させたのが新しい世代の若者たちによる「パンク・ロック」であり、その先鞭をつけたのが1975年12月に1stアルバム『ホーセズ』をリリースしたパティ・スミスだった。彼女は「パンクの女王」と呼ばれた。
たしかにそのアグレッシヴで、ときにエキセントリックでさえある、リミッターが外れたような音楽性はパンクの先駆者と言えるが、あの詩的でアーティスティックな懐の深さ、なにものにも囚われない自由さ、幅広い音楽性は、パンクという狭い枠にも収まりきらないものだ。
ときには少女のように無邪気に、ときには母のように温かく、ときには激しい怒りを露わにし、ときにはすべてを見通す賢者のように、人間のあらゆる喜怒哀楽を表現するかのように様々なヴォーカル・スタイルで歌う。
端的に言えば、わたしはパティ・スミスよりカッコいい女性ロッカーなんて未だに出会っていない。
その後、彼女を超えるような女性ロッカーが出てきたなんて、風の噂にも聞かないし、思い浮かばないので、もはや「ロックの女王」と呼ぶにふさわしい。
当時の恋人だった写真家ロバート・メイプルソープが撮った『ホーセス』のジャケットがすべてを表しているように、性別も超えた美しさと力強さ、そして世界を切り裂き、感情の奥深くを刺激する、詩と芸術性が彼女の音楽の核心だ。
70年代パンクの初めてのレコードであったことよりも、そのすべてにおいて革新的で自由な音楽性によって、ロックの歴史を変えた最重要アーティストの1人と言える。
以下は、わたしが愛するパティ・スミスの至極の名曲ベストテンです。
Summer Cannibals
6thアルバム『ゴーン・アゲイン(Gone Again)』のリード・シングル。
「サマー・カーニバル(夏祭り)」にかけたと思われる「サマー・カニバルズ(夏の人喰い族)」というブラック・ユーモアらしき曲で、「夏の人喰い族よ、わたしを喰え、喰え!」と歌う、恐るべき曲だ。
Dancing Barefoot
4thアルバム『ウェイヴ(Wave)』からのシングル。「奇妙な音楽が聴こえてきて、わたしは裸足でゆらゆらと踊る。まるでヘロインをやってるかのように錯覚する」と歌うややダークなナンバーだ。
U2やパール・ジャム、シンプル・マインズなど多くのアーティストがカバーしている、パティ・スミスの代表曲のひとつだ。
Paths That Cross
1980年に元MC5のギタリスト、フレッド・ソニック・スミスと結婚して家庭に入り、引退同然で2児の母となったパティが、9年ぶりに発表したアルパム『ドリーム・オブ・ライフ』収録曲。プロデュースは夫のフレッドだ。
彼女の人生最良の時を象徴するかのような、純粋で美しく、力強い曲だ。
Frederick
トッド・ラングレンをプロデューサーに迎えた4thアルバム『ウェイヴ(Wave)』のオープニング・トラック。
「フレデリック」とはもちろん、翌年に夫となったフレッド・ソニック・スミスのことで、当時恋愛関係にあった彼への熱い熱いラブレターのような歌詞だ。
Ask the Angels
パティの「もっとハードな音にしたい」という意向から、エアロスミスを手掛けていたプロデューサー、ジャック・ダグラスを迎え、ロック色をさらに強めた2ndアルバム『ラジオ・エチオピア(Radio Ethiopia)』のオープニング・トラック。
Because the Night
3rdアルバム『イースター(Easter)』からのシングルで、ブルース・スプリングスティーンとの共作。
パティ・スミスの楽曲としては最もポップなもののひとつで、全米13位、全英5位と、彼女にとって最大のシングル・ヒットとなった。この曲も多くのカバー・ヒットを生んでいる。
Rock N Roll Nigger
3rdアルバム『イースター(Easter)』収録曲。
英語圏の地域では禁止用語の代表格のひとつで、黒人に対する差別的なワード「Nigger」を連呼する激烈な曲だ。
彼女は「ニガー」という言葉を、常識を超える突然変異的な超人であり、社会においては異端であり、しかし圧倒的にパワフルで強い存在として再定義して使用しているらしい。
People Have the Power
4th『ドリーム・オブ・ライフ』からのシングル。
結婚して2児の母となり、さらに貫録を増して「わたしたちは世界を変えられる、団結すれば実現できる、人々には力がある。われわれは力を持っている」と圧倒的な力強さと説得力で歌う。
Free Money
1stアルバム『ホーセス(Horses)』収録曲。
「グロリア」と並ぶアルバムのハイライトであり、「盗んだお金であなたにジェット機を買ってあげたい」と歌う歌だ。パティ・スミスとバンドのギタリストだったレニー・ケイによって書かれている。
Gloria
そのアートワークも含めて、鮮烈な芸術作品としてロック・シーンに登場したと言っても過言ではない衝撃的なレコード『ホーセス』のオープニング・トラック。
自作の「In Excelsis Deo」とゼムの「グロリア」をつなげてひとつの楽曲にした作品で、「キリストはだれかの罪のために死んだけど、わたしのせいじゃない」という歌い出しで始まる、不朽の名曲。
入門用にパティ・スミスのアルバムを最初に聴くなら、やはり名盤1st『ホーセス(Horses)』か、またはベスト盤『ランド(Land)』か。ちょっと選曲にクセのあるベスト盤ではあるけれども。。
(by goro)