ジョニー・キャッシュはロックンロールが誕生した年、1955年にデビューした。
5千万枚以上のレコード・CDを売り上げたカントリー界のレジェンドとして知られるが、「ロックの反逆性とカントリーの哀愁」を併せ持ち、唯一無比のバリトン・ヴォイスでリアリティと説得力が強烈な歌を歌った。
ロック界にとっても憧れのゴッドファーザーのような存在として、ボブ・ディランからストーンズ、U2、カート・コバーンまで、多くのアーティストが彼へのリスペクトを語った。
まあ個人的意見に過ぎないが、そもそもロックをやる人間がジョニー・キャッシュを聴いてなんとも思わないとしたら、もう辞めたほうがいいと思うほどだ。
わたしは偶然聴いたジョニー・キャッシュの初期の名曲の、独特のビートと若いのに老成したようなあの声に一発で魅了された。
それからカントリーを広く聴くようになり、若い頃は聴かず嫌いで避けていたカントリー・ロックやサザン・ロックも楽しめるようになった。
ロック・ファンはわりとブルースは熱心に聴くわりに、もうひとつのルーツ・ミュージックであるカントリーには極端に無知だったりする(わたしのように)。もっと広くて深い世界を知りたければ、ぜひともジョニー・キャッシュを聴くことをお薦めしたい。
以下は、わたしが愛するジョニー・キャッシュの至極の名曲ベストテンです。
Cry! Cry! Cry!
ジョニー・キャッシュのデビュー・シングルで、米カントリー・チャート14位といきなりのヒットとなった。
バックバンドを務めたのはギターのルーサー・パーキンスとベースのマーシャル・グラントによる〈テネシー・ツー〉。2人は、自動車ディーラーに勤めていたジョニーの兄が紹介した、自動車整備士だった。
Big River
1958年のシングル「バラッド・オブ・ア・ティーンエイジ・クイーン」のB面として発表され、A・B面共にヒットした。米カントリー・チャート1位、全米14位。
偶然出会った女性に恋をしてフラれ「その涙で川は大洪水になり、しだれ柳に泣き方を教え、澄んだ青空を隠す方法を雲に教えた」と歌う、ジョニー・キャッシュの詩人としての本領が発揮された曲と言えるだろう。
I’ve Been Everywhere
1959年にオーストラリアのカントリー・シンガー、ジェフ・マックが書き、ハンク・スノウが米国の地名バージョンに替えて歌い、米カントリー・チャート1位の大ヒットとなった曲のカバー。
『アメリカン・レコーディングスⅡ(American II: Unchained)』に収録された。
「おれはあらゆる所に行ったぜ」と歌い、アメリカ周辺の地名を、韻を踏みながら速射砲のように挙げていくユニークな曲だ。
ジョニー・キャッシュ64歳の、ドスのきいた迫力ある声が素晴らしい。
2006年のディズニー・ピクサーの映画『カーズ』でも使用された。
It Ain’t Me Babe
ボブ・ディランの名曲を妻のジューンとデュエットしたカバーで、米カントリー・チャート4位、全米58位。
「君が望んでいる男は、強くて、正直で、おまえを守ってくれて、おまえの言いなりになる男。おれはそんな男になれない。おれじゃダメなんだ」と実にイヤらしい言い方で恋人に別れを告げる歌だ。
ジョニーとジューンのデュエット版はアレンジも華やかで、微笑ましい夫婦喧嘩みたいなユーモラスなテイストを帯びたラヴソングになっている。
Man in Black
同名のアルバムからのシングルで、米カントリー・チャート3位、全米58位。
いつも黒い服を着て歌っているジョニー・キャッシュが、その理由について歌った曲。
「おれたちが高級車に乗って、豊かで華やかに暮らしている一方で、貧しい人、絶望している人、飢えた人々、受刑者たち、悲惨な状況や苦難の人生を歩む人々がいることを忘れないためにいつも陰気くさい黒い服を着ることにしてるんだ」と歌う、感動的な曲だ。
Sunday Mornin’ Comin’ Down
ジョニー・キャッシュと同じく「アウトロー・カントリー」枠に入れられたクリス・クリストファーソンの初期の代表曲のカバー。
酒とマリファナの自堕落な暮らしをする孤独な男が、日曜の朝の、子供たちが遊ぶ姿や誰かがチキンを揚げる香りで、自分の人生から失われてしまった大事ななにかにあらためて気づく、というせつない歌詞だ。
ジョニー・キャッシュにも共感するものがあったのだろう。
米カントリー・チャート1位、全米46位。ジョニー・キャッシュの代表曲のひとつになった。
Folsom Prison Blues
ジョニー・キャッシュの2ndシングルで、ライヴではいつもオープニング・ナンバーとして歌われた代表曲。
フォルサム刑務所の囚人が「おれはリノで男を撃ったんだ。ただそいつが死ぬところを見るためだけにな」と歌う、なんとも恐ろしい歌だ。
動画は、サン・クエンティン刑務所での慰問ライヴのもの。
ものすごい盛り上がりに、演奏にも熱が入っている。
Hurt
アメリカン・レコーディングス・シリースセの4作目『American IV: The Man Comes Around』収録、死の前年に録音された、ナイン・インチ・ネイルズのカバーだ。
最晩年の鳥肌の立つような凄味のある声も凄いが、病魔に侵されて急激に容姿も変化した当時のジョニーと若い頃の彼を織り交ぜたPVが衝撃的で、素晴らしい。わたしにとっては世界一泣けるPVだ。
当時の若いロックファンたちにも感動を与え、イギリスでは「歴代最優秀ビデオ」で第1位に選出された。
Ring of Fire
米カントリー・チャート1位、全米17位となった、ジョニー・キャッシュ最大のヒット曲。
妻のジューン・カーターが書いた曲で、ジョニーとの恋を、消すことのできない炎の輪のように喩えたもの。
ハッピーなだけのラヴ・ソングではなく、燃え続ける地獄の業火みたいなイメージにもとれるところがまたいい。
I Walk the Line
ジョニー・キャッシュ自身の作作詞・作曲で、米カントリー・チャート1位、全米17位と、彼の最初の大ヒット曲となった代表曲。
当時、最初の妻リベルトと結婚したばかりだったジョニーが、恋人に向けて「心を入れ替えて、これからは真面目に生きるんだ」と宣言するラヴソングなのだが、キーを何度も替えて、なんだかトーンダウンしていく感じに聴こえるのが好きだ。きっと悪さをするにちがいない。
入門用にジョニー・キャッシュのアルバムを最初に聴くなら、『エッセンシャル・ジョニー・キャッシュ』がお薦めだ。最初に聴くべき代表曲はすべて網羅されている。
(Goro)