ジョン・レノン『ジョンの魂』(1970)【最強ロック名盤500】#164

⭐️⭐️⭐️

【最強ロック名盤500】#164
John Lennon/Plastic Ono Band 
“John Lennon/Plastic Ono Band” (1970)

聴いた瞬間にひく、というアルバムなどそうざらにあるものではない。

アルバムのオープニングを飾るのは、当時世界中が注目したジョン・レノンのソロ・アルバムにはどうにもふさわしくない、「お母さーーーーーーん」という絶叫である。

彼は子供のように「お母さん行かないで、お父さん戻ってきて」と何度も何度も絶叫する。
それはもう、けっして人前で上げてはならない声であり、こんな恐るべき絶叫がレコードに録音されたのも世界初だったかもしれない。実際、ジョンの母親は彼が14歳のときに交通事故で亡くなり、このことが彼の心に大きな影を残していたという。

アルバムの冒頭から、気の小さい人であればこれ以上聴き進める気が起こらなくなったとしても不思議ではないほどの異常事態だ。しかし異常事態には目がないわたしは、いやこれはガチだな、と姿勢を正して聴くことになったものだ。

1970年12月にリリースされた本作は、全米6位、全英8位、日本ではオリコン総合5位の好セールスとなった

【オリジナルLP収録曲】

SIDE A

1 マザー
2 しっかりジョン
3 悟り
4 労働階級の英雄
5 孤独

SIDE B

1 思い出すんだ
2 ラヴ
3 ウェル・ウェル・ウェル
4 ぼくを見て
5 ゴッド
6 母の死

この赤裸々な作品から、ジョン・レノンという人は、音楽家としては天才かもしれないけれども、人間的にはお調子ものでおっちょこちょいで、皮肉屋で天邪鬼な、愛すべき嫌なヤツであることがわかる。

ジョンの歌う歌詞はお世辞にも思慮深いとは言えない。若気の至りや早とちりや勘違いなども含めて、激しく自らをさらけ出す。
しかし、暗部も恥部もすべて白日の下にさらけ出すようなその重い「歌」は、それまでのロックの発想を超えたものだった。
聴いているほうが赤面してしまうほど人間的な、あまりに人間的な「歌」である。

彼は衆人環視の前でヨーコと裸で抱き合うなど、「さらけ出す」イベントを好んだが、本業の歌でも、どこまで自分をさらけ出すことが出来るかにチャレンジしていたようにさえ思える。だから彼の歌にはいつも、ドキュメンタリー・フィルムのような臨場感と緊張感がある。
だれがつけたのか知らないが、『ジョンの魂』という邦題を付けた人もきっと同じように感じたに違いない。

正直言うと、あまり楽しい気分にはならない作品だ。もっと正直に言うと、あまり何度も聴きたくはならないアルバムでもある。ちょうど当時のアメリカン・ニューシネマのように、ちょっと衝撃力が強すぎて、心にダメージを負うような名作に似ているかもしれない。「あまり聴きたくない名盤」というアルバムは、もしかするとこの【最強ロック名盤500】で唯一のエントリーとなるかもしれない。

しかしわたしは、このアルバムのサウンドは好きだ。
シンプルこのうえないストイックな音作りで、生々しい楽器の音が深く響き、よけいなものをそぎ落とした、純粋な音楽を聴くことができる。

ドラムを叩いているのはリンゴ・スターである。彼のドラムは決して誰の邪魔もすることなく、曲を生き生きと呼吸させる。
感情にまみれたジョンの声は余計な音に遮られず、ビートルズの頃よりもっとリアルにわれわれの胸に直接突き刺さる。

本作のリリースからちょうど10年後、1980年12月8日の17時、ニューヨークのダコタアパートに住んでいたジョンは、レコーディングスタジオに向かうために自宅を出た。

アパート前には雑誌のカメラマンがひとりと、ハワイ出身で精神疾患を患った、ファンを名乗る25歳の男、マーク・チャップマンが待っていた。

チャップマンはジョンに歩み寄って、持参した『ダブル・ファンタジー』のレコードジャケットにサインを求めた。
ジョンは快くサインに応じ、雑誌のカメラマンはその様子を写真におさめた。このチャップマンとのツーショットが、ジョンの生前最後の写真となった。

ジョンはレコーディングスタジオでラジオ番組のインタビューを受けた。このときのインタビューでジョンは「ヨーコより先に死にたい」「死ぬまでこの仕事を続けたい」などと発言している。

22時50分にヨーコとともに自宅に戻ったジョンに、待ち構えていたチャップマンは暗闇から「レノン?」と声をかけ、両手で拳銃を構えて5発を発射、そのうち4発がジョンの胸、背中、腕に命中した。

警備員が警察を呼び、ジョンはパトカーで病院に運ばれた。
ジョンは病院で心臓マッサージと輸血を受けたが、すでに全身の8割の血液を失っており、失血性ショックにより、23時過ぎに死亡した。

チャップマンはそのまま逃げることもなく、ジョンのサインが入った『ダブル・ファンタジー』を路上に放り出し、愛読書であるサリンジャーの小説『ライ麦畑をつかまえて』を読んでいた。

被害者がジョン・レノンであることを知った警官は「おまえは自分がなにをしでかしたのかわかっているのか?」とチャップマンに訊いたが、彼は「ごめんよ、きみたちの友だちとは知らなかったんだ」と答えたという。

マーク・チャップマンは、20世紀を代表する音楽家でありロック史における最大のヒーローを、まったくなんの意味も無く殺したということで有名になり、後に映画まで作られた。

もちろんわたしはそんな映画は見ていない。
彼はただの頭のイかれた異常者であり、そんな男の半生など、なんの興味もわかないからだ。動機であれ、反省であれ、彼の語る言葉など一言も聞きたいと思わない。

終身刑となったそのくそデブはまだ生きている。
2024年現在、ニューヨーク州にあるグリーンヘヴンという名の厳重な警備で知られる刑務所に彼は収監されている。仮釈放申請は13回却下され、44年間服役し、現在69歳だ。

(Goro)

↓ アルバム冒頭から衝撃的な絶叫を聴かせる「マザー」。

↓ 「聖書もキリストもブッダもケネディもエルヴィスもビートルズも信じない」と歌う、これも世界に衝撃を与えた「ゴッド」。

(Goro)

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