⭐️⭐️⭐️
Jackson Browne
“The Pretender” (1976)
見知らぬ他人の、丹念に書かれた分厚い日記帳を盗み見るような、そこには劇的でスリリングな展開があるわけではないけれども、日常の静かなドラマや強い想いは確かにあり、人柄や人生が滲む文章で綴られていて、心の深い部分に柔らかに響く。本作を聴いていると、そんな体験に似ているような気がしてくる。
米ウエストコーストを代表するシンガー・ソングライター、ジャクソン・ブラウンの4枚目のアルバムだ。1976年11月にリリースされ、ジャクソン・ブラウンにとってそれまでのチャート最高位となる、全米5位のヒットとなった。
【オリジナルLP収録曲】
SIDE A
1 ヒューズ
2 ユア・ブライト・ベイビー・ブルース
3 リンダ・パロマ
4 あふれ出る涙
SIDE B
1 我が子よ
2 父の歌
3 暗涙
4 プリテンダー
同世代で、歌詞に重きを置く個性の強いシンガー・ソングライターとして、「西のジャクソン・ブラウン、東のブルース・スプリングスティーン」などと比較されることもあったが、わたしは若い頃からスプリングスティーン派で、ジャクソン・ブラウンはちょっとわたしには地味に思えて、あまり聴いてこなかった。
本作が気に入ったのはこのサウンドだ。始まった瞬間に「おっ」と思うほど、タイトなドラムやピアノの響きがクリアで美しい。完成度が高く、耳に快いサウンドだ。
レコーディングにはウエストコーストの腕利きミュージシャンたちが集結し、リトル・フィートのローウェル・ジョージやデヴィッド・クロスビー、グラハム・ナッシュ、イーグルスのドン・ヘンリー、ボニー・レイットなども参加している。
このアルバムもまた、『ホテル・カリフォルニア』と同じ、「70年代に隆盛したウエストコースト・ロックの最後の輝き」みたいなものを感じさせる。プロデューサーは前年にスプリングスティーンの『明日なき暴走』を手掛けて一躍名を挙げた、ジョン・ランドーである。
本作を制作中に、ジャクソン・ブラウンの妻フィリスが薬物の過剰摂取で死亡するという不幸な出来事があったことはよく知られている。このアルバム全体を覆う、内省的で暗い影はその影響があるように思われるが、ただしブラウンによれば、曲はすべて妻の不幸がある前に書かれたもので、それについて歌った歌はないということだ。
わたしがいちばん好きな曲はB4「プリテンダー」だ。「自分を捨てて、何も考えず、金が欲しくて朝から晩まで働き、同じ毎日をただ繰り返す、そんな人生を送るんだ」と歌う、まるで何もかもをあきらめたかのような歌だけれども、しかしそれでも人生には何かしらの幸福も希望もあるはずだ、と歌っているようにも聴こえる。わたしの勝手な解釈かもしれないが、アルバムの最後で、重い雲の隙間から光が射すように感じられる曲なのだ。
悩んだり辛いことがあったとき、あるいは眠れない夜など、ちょっとラモーンズなんかは今は聴いてられない、なんて気分のときに聴きたくなるアルバムだ。
↓ ジャクソン・ブラウンの代表曲となったタイトル曲「プリテンダー」
↓ シングル・カットされた「あふれ出る涙」は全米21位のヒットとなった。この曲は妻フィリスの母、ナンシー・ファーンズワースが書いた詩をブラウンが気に入り、使用したものだ。亡き妻に捧げられている。
(Goro)