Elvis Presley
“Elvis Presley” (1956)
それにしても、なんてカッコいいジャケットだろう。
まさにロックンロールのイメージを決定づけ、ロックの歴史の扉を開いた最大のヒーローであり、シンボルであったエルヴィス・プレスリーが、1956年3月に発表した1stアルバムだ。メンフィスのサン・レコードから、当時の米国ではコロムビアと並ぶ二大レコード会社のひとつだったRCAレコードに移籍しての、メジャー・デビュー作だった。
ロックンロールは、黒人のリズム&ブルースと白人のカントリー・ミュージックの融合によって生まれた。
この時代には白人側からも黒人側からもロックンロールへと移行する動きが盛んだったので、たとえエルヴィスがいなくてもロックンロールは生まれていたと思うが、しかし彼がシンボルであったからこそロックンロールは、いつの時代にも若者の胸を熱くする、エネルギーと情熱に溢れ、闇雲な焦燥感に追い立てられるような、華やかなエンタテインメントと底なしの闇の両面をあわせ持つ、真にリアリティのある音楽として育ったのだと思う。
やはり真に「キング・オブ・ロックンロール」の称号がふさわしいのは、エルヴィスなのだ。
すべては彼がリーゼントをきめて、ステージで腰をふり、脚をガクガクさせて女性ファンの胸をときめかせ股間を熱くさせたことから始まったのである。
1950年代の米国にはまだ差別意識が強力に存在していた。
彼が腰を振って歌うその様は「猥褻だ」と猛烈に批判を浴びたが、エルヴィスに対する拒否反応の根本にあったのは、N.Y.ジャーナルが「白人の子供を黒人にする陰謀の張本人」と書いて批判したように、白人の彼が黒人の歌を歌うことだったのだろう。
放送局のDJは公園でエルヴィスのレコード600枚を焼き、ナッシュヴィルではエルヴィスの人形を絞首刑にするイベントを催し、テキサス州知事はエルヴィスとすべてのロックンロールの公演を禁止すると発表した。
凄まじい批判を浴びながら、それでもエルヴィスは歌い続けた。
ステージを警官隊が取り囲み、「腰を振ったら即逮捕」と通告された状況でもロックンロールを歌い、腰を振るかわりに小指を動かして表現してみせた。
また、ツアー先の白人プロモーターから「コーラスの黒人女たちは連れて来るな」と言われたエルヴィスは「それならオレも行かない」と出演を拒否した。相手が謝罪し、どれだけお金を積んでも、絶対に行こうとしなかったという。
エルヴィスは、ロックンロールのために、たったひとりで闘ったのである。
今の日本の、週刊誌にあることないこと書かれただけでそそくさと活動を自粛してしまう芸能人たちとは、根性の座り方が違ったのである。
そして本作は、全米アルバムチャートで10週連続1位という大ヒットとなった。
どれだけ旧世代の大人たちがエルヴィスをこき下ろし、猛烈な批判を浴びせようと、若い世代にはそんな時代遅れの言葉よりも、エルヴィスの歌の方がはるかに心に突き刺さったのだ。
ロックンロールとは、そもそもの初めから、そしていつの時代も、大人たちの古い価値観に対する、若者たちの新しい価値観による”反乱”なのである。
【収録曲】
SIDE A
1 ブルー・スエード・シューズ
2 当てにしてるぜ
3 アイ・ガット・ア・ウーマン
4 ワン・サイデッド・ラヴ・アフェア
5 アイ・ラヴ・ユー・ビコーズ
6 ジャスト・ビコーズ
SIDE B
1 トゥッティ・フルッティ
2 トライング・トゥ・ゲット・トゥ・ユー
3 座って泣きたい
4 あなたを離さない
5 ブルー・ムーン
6 マネー・ハニー
本作『エルヴィス・プレスリー登場!』のそのぶっ飛んだ始まりかた、その異常なほど焦燥感に満ちて、喰い気味に歌い出す「ブルー・スウェード・シューズ」の衝撃、あの一瞬にわたしは魂を揺さぶられるようなリアリティを感じた。
この「リアリティ」としか言いようのない共感が、同世代の若者たちに伝わったことから、どんな音楽とも違う思い入れや情熱がロックンロールという音楽ジャンルに対して向けられることになったのだとわたしは思う。
レコーディング時のエルヴィスは「フィーリング」を最も重視していたという。
思うような「フィーリング」が生まれたテイクであれば、演奏のミスなど気にせずOKしたという。A1やA3、A4、B1などを聴けば彼の言わんとするところがよくわかる。当然過ぎるほど当然だが、彼はこのロックンロールという新しい音楽に最も必要なものが何かを、誰よりも理解していたのだと思う。
彼がいなければ、ロックンロールの影響力はまた違ったものになっていただろう。ロックンロールがもっと違うものになっていたら、この世界もまた違うものになっていただろう。たぶんだけれども、もっと堅苦しくて、もっと冗談が通じなくて、もっと個性に乏しくて、もっと自分の気持ちを押し殺して生きていかなければならないような、退屈な世界になっていたのではないかと思う。
わたしはロックンロールが存在した、この時代のこの星に生まれてほんとうによかった。
そしてわたしは若いころから、たとえ辛いことがあったとしても、音楽さえあればあまり苦痛を感じることもなく日々の生活を送ることができた、じつに単純な人間だった。
そのような単純な人間に生まれて、ほんとうに良かったと思っている。
↓ カール・パーキンス作、衝撃の「ブルー・スウェード・シューズ」。
↓ レイ・チャールズ作の「アイ・ガット・ア・ウーマン」は、スウィング感とスピード感が素晴らしい、まさにエルヴィスにしか出せない「フィーリング」のカッコ良さに満ちている。
(Goro)