エルヴィス・コステロ/アリソン (1977)

Alison (song) - Wikipedia

【70年代ロックの名曲】
Elvis Costello
Alison (1977)

最初は名前のインパクトがなかなかだし、そのうえ見た目もアレなので、真面目なのかふざけてるのかわからないヘンなやつのイメージだったけど、その声を聴くと、彼がホンモノだということがわかった。

ちなみに彼はアイルランド系のイギリス人で、本名はデクラン・パトリック・アロイシャス・マクマナスという。本名もまた、なかなかのものだ。個性的な人物に育つ運命だったのだろうと思えてくる。

「アリソン」は、1977年7月にリリースされた1stアルバム『マイ・エイム・イズ・トゥルー』からシングル・カットされたが、ヒットはしなかった。しかしこの曲はコステロの初期の名バラードとして愛され、広く知られる代表曲となった。わたしもアルバムを聴いたときに、まず最初にこの曲が強烈なインパクトを残した。

彼の声の素晴らしさがこの曲では特に生かされていて、その唯一無二の声をじっくり味わうためにあるような曲だ。

リンダ・ロンシュタットはこの曲をカバーし、1978年のアルバム『ミス・アメリカ』に収録した。翌年の4月にシングル・カットされ、そこそこヒットした。コステロは当時のリンダが最も好きだったアーティストで、翌年のアルバムではコステロ作品をさらに3曲カバーしている。

しかし、リンダ・ロンシュタットはその後、人種隔離政策アパルトヘイトで国際的な批判を浴び、文化的な活動がボイコットされていた南アフリカのリゾート地サンシティで、50万ドルのギャラを受け取って公演を行い、批判を浴びた。コステロも彼女を批判し、彼女のカバーによって受け取った印税をすべて「アフリカ民族会議」に寄付した。

↓ リンダ・ロンシュタットによるカバー。

(Goro)