ボブ・ディラン『血の轍』(1975)【最強ロック名盤500】#212

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【最強ロック名盤500】#212
Bob Dylan
“Blood on the Tracks” (1975)

本作は当時、「ディランの復活作」として、ファンからも批評家からも激賞された。

70年代に入ってからリリースされたディランのアルバムに対して、「ディランが迷走している」と、皆がヤキモキしていたのだった。

また本作は、レコード会社移籍騒動という迷走からの、復帰作でもあった。

またなんの気まぐれか前年に彼は、育ててくれたコロムビア・レコードからアサイラム・レコードへと移籍し、2枚のアルバムをリリースした後、またコロムビアに復帰して本作のリリースとなったのだ。

アサイラムのセールス面に対する不満など、たった1年でコロムビアに戻った理由は様々に語られているが、実は復帰の直前からディランがコロムビアの女性社員と不倫関係にあったことも大きく影響したのではないかとゲスなわたしは睨んでいる。

古巣レーベルへの復帰が決まると、ディランはニューヨークのA&Rレコーディング・スタジオで本作のレコーディングを始めた。このスタジオはディランの初期の6枚のアルバムを録音したスタジオであり、そのスタジオで彼はあらためて初期のフォーク時代のようなシンプルな弾き語りを中心とした原点回帰的な新曲の録音を始めたのだ。

テスト盤が製作され、親しいミュージシャンや関係者に配布して感想を求めたが、しかしディランの弟であるデヴィッド・ジンマーマンは遠慮なく「サウンドが地味すぎて、売れないのではないか」と忠言したという。

60年代みたいな地味なフォーク・スタイルのアルバムなど、今どき売れないだろう、と言うのだ。

その忠言にディランは納得したのかあるいは不安になったのか、74年11月に発売が決まっていたスケジュールを急遽延期し、ディランは弟に地元のミネアポリスの友人のミュージシャンたちを集めさせ、収録曲の半分の5曲にバンド・アレンジを付けて2日間で録音を終えた。

結果的にそれが功を奏した。

アルバムの半分の5曲がニューヨークで録音した、初期のフォーク・スタイルの曲、そしてもう半分の5曲は、基本のフォーク・スタイルは残しながら、クリス・ウェーバーの瑞々しいアコースティック・ギターを中心とした新鮮で美しいバンド・サウンドに生まれ変わった。

2ヶ月の延期の後、本作は1975年1月にリリースされた。全米1位、全英4位、200万枚を超えるヒットとなり、ディランの全アルバム中でも最も売れたものとなった。

ソングライティングが冴え、歌声も力強く確信に満ち、原点回帰と新しいサウンドの両方を実現した作品は歓迎され、その後も多くの人が「ディランの最高傑作」に挙げることとなった。

★は、ミネアポリスで再録音したトラック。

【オリジナルLP収録曲】

SIDE A

1 ブルーにこんがらがって ★
2 運命のひとひねり
3 きみは大きな存在 ★
4 愚かな風 ★
5 おれはさびしくなるよ

SIDE B

1 朝に会おう
2 リリー、ローズマリーとハートのジャック ★
3 彼女にあったら、よろしくと ★
4 嵐からの隠れ場所
5 雨のバケツ

わたしはこの作品を十代の終わり頃に聴いた。それまでに60年代のアルバムは一通り聴いていたので、A1「ブルーにこんがらがって」のイントロのアコギの音の、かつてないクリアで美しい響きに思わず「おおっ」と身を乗り出したものだった。

それに象徴されるように、全体に、カラフルではないが、透明感のある単色の美しさを感じさせるようなサウンドが聴きやすく、原点に還った、甘さ控えめの「確固たるディラン」といった印象だ。噛めば噛むほどに味わい深い、スルメみたいな作品でもある。

歌詞の多くは、当時の破綻しつつあった結婚生活や妻のサラに対する不満や憤りが歌われていると捉えられた。

ディランはいつものようにそれを否定しているのかしていないのかよくわからない言い方で煙に巻いたが、しかし心底から出てきたリアルな言葉は、ディランの作詞にさらなる成長と深みを与えたと高く評価された。

ジャケットはディランの横顔の写真を絵画風に加工したものだ。

わたしはアルバムジャケットに写ったディランの表情やポーズで、そのアルバムに対する自信のほどが窺えると思っているのだけれども、本作はなんとなく、目をそらして恥ずかしそうに小声で「ただいま帰ってまいりました」と言っているような感じにも見える。

↓  シングル・カットされ全米31位まで上昇した「ブルーにこんがらがって」。

↓ 本作中最も印象に残る名曲のひとつ「愚かな風」。「おまえが口を開くたびに愚かな風が吹く」と歌い、当時の妻サラに対する辛辣な非難と解釈された。ディランは「ちょっとやりすぎた」と言いながらその解釈を否定している。

(Goro)

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