Bob Dylan “Desire”
ディラン34歳のアルバム。
70年代のディランでは、わたしはこのアルバムがいちばん好きだ。
ディランのアルバムはだいたいにおいてその1曲目がアルバムの顔になっていて、ほぼその出来でアルバム全体の出来や、気合の程が窺えるものだけど、このアルバムはド級の名曲「ハリケーン」から始まる。
殺人の冤罪で投獄され、当時収監中だったプロボクサー、”ハリケーン”ルービン・カーターについて歌った、久々のプロテスト・ソングだ。
事件や捜査の詳しい状況を語りながら、彼の無実や警察の横暴、根深い人種差別について訴える内容の曲だ。
この”ハリケーン”ルービン・カーター事件については2000年に『ザ・ハリケーン』として映画化された。デンゼル・ワシンシン主演の傑作で、もちろんディランのこの曲が主題歌として使用されている。
このアルバムは、ディランのアルバムの中でも際立ってエモーショナルな作品のように感じる。
全体的にはカントリー・ロック的なアプローチだが、なによりも、スカーレット・リヴェラによるジプシー風のヴァイオリンが全編にフィーチャーされているのがこのアルバムの特徴だ。
ヴァイオリン・ケースを提げて道を歩いていたリヴェラに高級車が近寄って来て、窓がスーッと空くとボブ・ディランが「それはヴァイオリンだろ? 一緒にセッションしないか」と声をかけ、そのままスタジオへ連れて行かれたという逸話が残っている。
そんなリヴェラの、激しい情念が迸るようなヴァイオリンが「もうひとつのヴォーカル」として機能し、さらにエミルー・ハリスのコーラスも加わって、むせかえるほどエモーショナルで力強いものにしたと言える。
「ハリケーン」以外にも、わたしの好きな「オー、シスター」や、「ジョーイ」「ドゥランゴのロマンス」、当時の妻に捧げた「サラ」などに特にそれを感じる。異国情緒あふれる「コーヒーもう一杯」は日本でもヒットした。
バンドのメンバーはニューヨークの無名ミュージシャンたちだが、洗練されていない、ザラッとした質感の、良い意味で汚くて熱い音がまたいい。録音のせいもあるだろうけど、こんなふうに勢いや圧を感じる作品は『追憶のハイウェイ61』以来だ。
全米1位、全英3位、ディランのアルバムの中でも『血の轍』と並んで最も大きなセールスを記録した。
↓ 「ハリケーン(Hurricane)」
↓ 「オー・シスター(Oh, Sister)」