【最強ロック名盤500】#289
Bauhaus
“In the Flat Field” (1980)
そういうこともあるんだなあ。良い経験になった。
というのは、このアルバムを何度かヘッドホンで聴いてみたりしたのだけれど、あまりピンと来なかったのだ。
当時のレコード評である「今年最悪のアルバムのひとつ。中身がなく、気取っていて、退屈」(NME誌)や、「叫びと虚無に満ちたメロドラマ──要するに何の意味もない」(サウンズ誌)などに、フムフムなるほど、そうかもなあ、などと思っていた。
しかしなんか引っかかっていたので、試しに休日の午前中に、家人が出かけたのを見計らって爆音で聴いてみると、これが凄く良い。ヘッドホンで聴くのと、部屋のスピーカーからちゃんと音を出して聴くのとでは、本作の場合、印象がまるっきり違うことに気づいた。
このアルバムは普通のロック・アルバムのようにヴォーカルを中心とした「歌」として聴くだけではあまり面白くないようだ。空間的なサウンドを全身で浴びるように聴くべきらしい。
ドラムの細かいビートと、重く這い回るベースが地下の暗闇の中で反響し、耳をつんざく鋭いギターが切り裂いた空間を、ノイズが覆い尽くす。その暗黒の音響を部屋中に満たし、全身に浴びて体感するのだ。森林浴ならぬ、暗黒浴である。全身に暗黒がゾワゾワと直撃する、音響的快楽だ。
ジザメリを思い出した。
1990年代の轟音ギター・ロックの源流を遡ればジーザス&メリー・チェインに辿り着くと思っていたけれども、どうやらその先にまだバウハウスがいたらしい。
本作は1980年11月に、創業したばかりの独立レーベル、4ADの最初のレコードとしてリリースされた。よくこんな大それたものをいきなり作ったなと感心する。バウハウスも4ADも、すごい勇気だ。それこそが独立レーベルの矜持というものだろう。
【オリジナルLP収録曲】
SIDE A
1 Double Dare
2 In the Flat Field
3 A God in An Alcove
4 Dive
5 The Spy in the Cab
SIDE B
1 Small Talk Stinks
2 St. Vitus Dance
3 Stigmata Martyr
4 Nerves
前衛的とも言える内容であるが、決して錯乱的に作られたものではなく、スタジオに入る前から彼らにはサウンドの明確な構想があり、プロデュースも自分たちで行なっている。
例えばA1「Double Dare」は、ジョン・ピールのBBCラジオ1番組で演奏したバージョンと同等のものをスタジオで再現するのが困難だったため、バンドはピールのセッション・バージョンをアルバムで使用する許可をBBCに申請したほど、完成形へのこだわりを持っていた(その手続きには1ヶ月以上を要したという)。
その他の曲も、ヴィジョンもなく音を垂れ流しているわけではないことはちゃんと聴けばわかる。できれば、イヤホンなどで耳に優しい音で聴くよりも、スピーカーからでっかい音を出して聴いた方がよりわかりやすい。わたしはたまたま午前中に聴いてしまったが、音楽の性格上、真夜中ならもっと耽溺できるかもしれない。
なかなか日本の住宅事情はそれを許さないけれども、夜中に騒いでも大目に見てもらえそうな日で言えば、大晦日なんかは狙い目かもしれない。除夜の鐘が聞こえる地域なら、それに被せて聴くのもまたオツなものだろう。
本作は、当時の音楽メディアの酷評にもかかわらず、英インディ・チャートの1位を獲得し、バウハウスはカルト的な支持を得るバンドとなった。
ポスト・パンクの中から「ゴシック・ロック」というまた新たな扉が開かれた瞬間だった。
↓ 切り裂くようなディストーション・ギターに浸れる「Double Dare」。ノイズと残響を効果的に使っている。
↓ パンクの疾走感と空気を切り裂くギター、「退屈だー」と絶叫するヴォーカルがカッコいい「In the Flat Field」。
(Goro)