(ヒプノシスが初めて手掛けたアートワーク。ピンク・フロイド『神秘』1968年)
1968年ロンドン、出版物のデザイナーをしていた20代前半のストーム・トーガソンとオーブリー・パウエルのもとに、学生時代の友人だったロジャー・ウォーターズが、彼が所属していたバンドである、ピンク・フロイドの2ndアルバム『神秘』のジャケット・デザインを依頼しにやってきた。これがすべての始まりだった。
レコード・ジャケットの概念を覆したピンク・フロイドのアートワークは評判になり、2人は「ヒプノシス」と名乗って、数々のレコード・ジャケットのデザインを手掛けることになる。
それまではあくまでレコードの宣伝を優先して、アーティストの顔写真を中心にデザインされていたレコード・ジャケットを、ヒプノシスはアーティストの写真はおろか、アーティスト名もタイトルも入れず、まるでそのままアート作品として通用するほどのクオリティでレコード・ジャケットのデザインをした。
想像力をかきたてる刺激的なデザインや、一度見たら忘れられない強烈なインパクトのアートワークの数々は、そのレコードを歴史的名盤として人々の記憶に残すのに一役も二役もかっていると思うし、多くのロックファンの所有欲をかきたてて、販売にも貢献したに違いない。
中には、中身は大したことないのに、ジャケットのおかげでなんとなく名盤のように扱われている作品もないことはないように感じるほどだ(※個人の見解です)。
わたしも記憶を遡れば、ヒプノシスのアートワークに魅かれてレコードやCDをジャケ買いしたこともたしかにあった。
ヒプノシスは1983年まで活動して、解散した。
その後はストーム・トーガソンが引き継ぐ形となったが、今回は1983年までのヒプノシスのアートワークの代表作から、思わずジャケ買いしたくなる至極のベストテンを選んでみました。(※音楽の評価ではなく、あくまでアートワークのみの評価です)
ストーム・トーガソンのアートワークについてはまた別の機会に紹介したいと思います。
T. Rex – Electric Warrior
たぶん、わたしが最初に買ったヒプノシス・デザインのアルバムがこれだったと思う。
「ゲット・イット・オン」収録の、T.Rexの大ブレイク作。日本でもオリコン・チャート19位まで上昇する大ヒットとなったのは決してジャケのカッコ良さと無関係ではないはずだ。
10cc – Deceptive Bends
イギリスのバンド、10ccの5枚目のアルバム。全英3位、全米31位。
収録曲の「愛ゆえに」が先行シングルとしてヒットしたため、この邦題になったようだ。
サスペンス映画の謎めいた始まりのような、想像力をかきたてる、一度見たら忘れられないアートワークだ。
Black Sabbath – Never Say Die!
ブラック・サバスの8枚目のアルバム。全英12位。
特に奇を衒うこともなく、幻想的でもなく、ふざけることもなく、戦闘機のパイロット2人が映っているだけのアートワークだけれど、色味もいいし、なんか異様でカッコイイのだ。
Peter Gabriel – Peter Gabriel
ピーター・ガブリエルの3rdアルバム。全英1位、全米22位。
あんまりアーティストをジャケット・デザインに使わないヒプノシスだけど、ピーター・ガブリエルに関しては1stから3rdまで、手掛けたアートワークのすべてでピーター・ガブリエルの顔が描かれている。どれもだいたい顔半分ぐらいだけど。でもなんか嬉しい。
Led Zeppelin – Houses of the Holy
レッド・ツェッペリンの5枚目のアルバム。全英1位、全米1位、オリコン3位。デザインはアーサー・C・クラークのSF小説の名作『幼年期の終り』のラストシーンをヒントにして製作されたという。
しかし、描き直しを何度も命じ、なかなかOKを出さないツェッペリンに対して「もうこれ以上は無理」とストーム・トーガソンは途中で降りてしまい、結局その時点までのデザインで発売されることになった。「当時あのバンドには世界中に悪評が知れ渡っていた。僕はあいつらが怖かったよ」と当時の心労を吐露している(wikipedia 聖なる館)
Pink Floyd – Wish You Were Here
全編にせつなさが滲み出る、ピンク・フロイドの『狂気』と並ぶ名盤。全英1位、全米1位、オリコン4位。シュールレアリズムのようなアートワークが秀逸。
Peter Gabriel – Peter Gabriel
ジェネシスを脱退したピーター・ガブリエルの1stソロ・アルバム。
顔が溶け出している「Ⅲ」のほうがインパクトはあるけれども、こっちのほうが薄暗い詩情があってわたしは好きだ。車のボンネットの水滴が美しい。まるで侘び寂びの世界。
Pink Floyd – The Dark Side Of The Moon
全世界で5千万枚を売った、ピンク・フロイドの代表作。全英2位、全米1位、オリコン2位。
一度見たら忘れられない、シンプルで美しいアートワークは、メディアで紹介されるたびに多くの人の記憶に焼き付き、この巨大な販売数に繋がったのだとわたしは想像する。
ロック・ファンにとっては、ある程度までいくと買わずには済まされない、「成人の証」みたいなシンボルかもしれない。
Scorpions – Animal Magnetism
ドイツのハード・ロック・バンド、スコーピオンズの7枚目のアルバム。
当時わたしは中学生だったが、ロック好きだった同級生が見せてくれたこのジャケットは当時の思春期のわれわれの想像力と股間を大いに膨らませた。この女子の表情がたまらない。
残念ながら、未だに持ってないし聴いたこともないけれども、できればアナログ・レコードで手に入れたいと思わせる、大好きなジャケットだ。
Pink Floyd – Atom Heart Mother
ヒプノシスの名を世界に知らしめたアルバム。まさにレコード・ジャケットの革命的デザインだった。全英1位、全米55位、オリコン15位。
わたしも、初めてピンク・フロイドのCDを買ったのはこのアルバムだった。まさに、ジャケ買いである。
ヒプノシスは音楽を聴いたイメージからこのジャケットを製作したという。
タイトル曲「原子心母」はたしかに牛の大行進みたいな、鈍重で陰鬱だけどどこかユーモラスな音楽だと思う。
以上、ヒプノシスのアートワークBEST10でした。
最近はCDが売れなくなったけれど、アナログ・レコードは売れていると聞く。
過去のロックの名盤もアナログ・レコードで再発され、入手しやすくなっている。
名アートワークはやはり30cmのアナログ盤だからこそ生きるものだ。
ここで紹介したのはすべて40年以上も前の作品ばかりだけれど、中にはこんな時代錯誤のレコード・ジャケットにグッとくる若者がいつの世にも存在するはず、とわたしは信じている。
もしもこの中で気に入ったものがあれば、ぜひ「ジャケ買い」というロックの醍醐味を試してみてほしいものだ。
ジャケ買いして、中身も気に入ったレコードっていうものは、生涯のフェイヴァリット・アルバムになるはずだから。