Blur
“Modern Life Is Rubbish” (1993)
英ロンドンで結成されたブラーは、最初から軌道に乗れたわけではなかった。
1991年の1stアルバム『レジャー』は当時のマッドチェスターやシューゲイザーに気軽に乗っかったような音楽性にフロントマンのデーモン・アルバーンの女子人気が加わり、全英7位とセールス的には成功したものの、一部の音楽マスコミからは叩かれまくり、人気は徐々に萎んでいった。
また、当時バンドは、マネージャーの使い込みによる6万ポンドの負債が発覚し、破産は逃れたものの、それを救済したTシャツ会社の意向によって44日間に及ぶ全米ツアーを余儀なくされた。しかし、グランジ・ブーム真っ只中の米国の地では彼らの音楽はまったくウケず、バンドはストレスが鬱積してアルコールに溺れ、険悪な空気が漂い、メンバー同士で殴り合いの喧嘩にまで発展したという。
アメリカという国に対して憎悪と軽蔑を膨らませていった過酷なツアーの中で、デーモン・アルバーンが唯一の慰めにしていたのがキンクスのテープを聴くことで、特に「ウォータールー・サンセット」を気に入っていたという。
イギリスに帰国すると、デビューしたばかりのスウェードの人気が急上昇し、音楽プレスの注目を一新に集めていた。ブラーはスウェードを敵視したが、自らは相変わらずアルコールに溺れて出来の悪いライヴを繰り返すなど評判を落としてばかりで、レーベルも契約解除を考え始めていた。
追い詰められたデーモンは、バンドの音楽性の路線を変更することをレーベルに提案した。
当時はイギリスでも、米国のグランジが人気を集めていたが、それは一過性のものに過ぎないとデーモンは断じ、2ndアルバムでは60年代のキンクスやザ・フー、スモール・フェイセズのような、英国らしいクラシックなロックに還るべきだと主張した。レーベルのオーナーはこれに強く反対し、デーモンと口論になったが、しかしクリスマスにデーモンが実家のピアノで書いてきた「フォー・トゥモロウ」を聴かせると、最終的にはオーナーも承諾した。
デーモンは後に次のように語っている。「”アメリカ”と”スウェード”が僕の『ブラーの価値をみんなに証明したい』という欲望を掻き立てたんだ。 僕の人生でそれより大切なことは何もない」(モジョ誌インタビュー 2000年)。
【オリジナルCD収録曲】
1 フォー・トゥモロウ(全英28位)
2 アドバート
3 コリン・ジィール
4 プレッシャー・オン・ジュリアン
5 スター・シェイプト
6 ブルー・ジーンズ
7 ケミカル・ワールド(全英28位)
8 サンデイ・サンデイ(全英26位)
9 オイリー・ウォーター
10 ミス・アメリカ
11 ヴィラ・ローズィー
12 コーピング
13 ターン・イット・アップ
14 リザインド~コマーシャル・ブレイク~
オープニングを飾る「フォー・トゥモロウ」は古き良き英国のノスタルジーと新鮮なポップ・センスが同居するような独自路線を確立し、そのタイトルの通り、ブラーの新たなスタートを宣言する先行シングルとしてリリースされた。
ただし全英28位と、セールス的にはまだ大成功とは言えなかった。
レーベルは制作中のアルバムの出来が気に入らず、録り直しを要求したり、ニルヴァーナをプロデュースしたブッチ・ヴィグに再プロデュースを依頼することを検討したりと、決してこの方向性を快く思わなかったらしい。それでもブラー(というかデーモン)は強情なまでにこの路線にこだわり、譲らなかった。
アルバムは前作より順位を落としたものの、全英15位まで上昇した。
そして、NME誌が「ブラーは古き良き時代の装いをまとい、銃をぶっ放して無人地帯に突撃した」と称賛するなど、高評価を多く得たことで、ブラーは新たな路線に確信を得、低迷を脱出する。
本作には荒削りなところはあるものの、ひと癖もふた癖もあるひねくれポップスの佳曲が並んでいて、とても面白い。たしかに、本作とスウェードの1stを聴いてしまうと、当時のグランジの残り滓みたいなものはもはや面白くもなんともなく思えてしまったものだ。
キンクスやザ・フー、スモール・フェイセズらの英国ポップスの継承に方向性を定めたブラーは、本作をきっかけに道が開け、翌年に登場するオアシスと火花を散らしながら、〈ブリット・ポップ〉という大きなムーヴメントを先導することになる。
↓ 全英28位まで上昇し、ブラーの新たなスタートの宣言となった「フォー・トゥモロウ」。
↓ こちらも全英28位となったシングル「ケミカル・ワールド」。
(Goro)


