若い頃にザ・バンドを聴いたとき、このバンドには当時のわたしがロックに求めた、疾走感、刺激的なサウンド、若々しい情熱、といった要素がすべて欠けている、と思ったものだ。全員じいさんなのかと思ったぐらいだった。
そんな音楽を最近は好んで聴くようになったのだから、わたしも年を取ったということだろう。最近は、若い頃は全然食べなかった漬物なんかも好んで食べるようになった。もうそろそろ死ぬのかもしれない。
冗談はともかく、ロックはスピードと若々しさだけではない。侘び寂びを味わうロックだってあったっていいのだ。ロックの可能性は無限だ。
ザ・バンドは、ドラムのリヴォン・ヘルムだけがアメリカ人で、あとの4人はカナダ人だ。
彼らはリヴォン・ヘルムをガイドにして、アメリカのルーツ・ミュージックに魅せられ、学びにやってきた異国の旅人たちのようだ。
その国の伝統文化の素晴らしさに気づくのは、意外と外国人の感性だったりするのは、テレビ東京の、日本の伝統文化を愛する外国人たちにスポットを当てた番組などでよく見るとおりだ。
しかし彼らはただのおのぼりさんではなく、腕も確かで志も高いミュージシャンだった。
あらためて初期のアルバムを聴けば、単にジジ臭いだけではなく、斬新で実験的であり、前人未到の境地に踏み込んで行くような緊張感がある。
そして心に沁みる歌と、フィドルやアコーディオン、ピッコロなど、ノスタルジックな響きの楽器が織りなす美しいサウンドがある。
以下は、わたしが愛するザ・バンドの至極の名曲ベストテンです。
Tears of Rage
1stアルバム『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク(Music from Big Pink)』のオープニング・トラック。
ボブ・ディランとリチャード・マニュエルの共作で、リード・ヴォーカルもマニュエル。このドローッとした感じのスタイルが衝撃的だった。
まさに眼から血の涙を流しながら怒り悶えているような凄絶な歌だ。
The Shape I’m In
3rd『ステージ・フライト』収録曲で、このアルバムでは最も人気の高い曲のひとつ。ロビー・ロバートソン作で、リード・ヴォーカルはリチャード・マニュエル。
リヴォン・ヘルムによればこの曲は「絶望」について歌われているそうだけど、あまりそんな感じはしない、ベースが強い、ファンキーな曲だ。
Up on Cripple Creek
2ndアルバム『ザ・バンド』収録曲。ロビー・ロバートソン作で、リード・ヴォーカルはリヴォン・ヘルム。
歌詞はルイジアナに向かうトラック運転手の視点で書かれている。南部の土の匂いと暑く湿った空気が立ちのぼるような曲だ。
ワウペダルで演奏されたクラビネットの響きが印象的で、ニューオーリーンズ風のグルーヴとゴリゴリとしたファンキーなサウンドが独特で面白い。
Chest Fever
1st『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』収録曲。ロビー・ロバートソン作で、リード・ヴォーカルはリチャード・マニュエル。
作者のロバートソンによれば、ジャムセッションから生まれた曲で、タイトルも特に意味なく付けたものなのだそうだ。「あの曲に歌詞があったかどうかも覚えていない。歌詞もオケもアレンジもなにひとつとして意味はないんだ」と語った、超テキトーな曲らしい。たしかに練られた感じはまったくしないけど、そのラフ感じがまたカッコいい。
When I Paint My Masterpiece
4thアルバム『カフーツ(Cahoots)』収録曲。ボブ・ディラン作で、リード・ヴォーカルはリヴォン・ヘルム。
1970年代の音楽とは思えないほどノスタルジックな響きと空気感の楽曲だが、演奏はシャープで現代的だ。
The Night They Drove Old Dixie Down
ロビー・ロバートソン作で、リード・ヴォーカルはリヴォン・ヘルム。歌詞は南北戦争時代の最後の日々の物語で、貧しい南部の白人の苦難を歌っている。
この曲は1971年にジョーン・バエズがカバーして全米3位の大ヒットとなったが、リヴォン・ヘルムはこのカバー・バージョンが大嫌いだったという。
Acadian Driftwood
6枚目のスタジオ・アルバム『南十字星(Northern Lights – Southern Cross)』収録曲。ロビー・ロバートソン作で、ヴォーカルはマニュエル、ヘルム、ダンコ。
全体的には素朴でノスタルジックなザ・バンドらしいサウンドだけれど、豊かな「歌」と素晴らしいフィドルによって完成度の高い、忘れられない名曲になっている。
I Shall Be Released
1st『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』収録曲。ボブ・ディラン作で、リード・ヴォーカルはリチャード・マニュエル。
多くのアーティストがカバーし、日本でも当時の学生運動や反体制フォークの理念や世界観と歌詞がリンクして特に人気を集め、日本語詞のカバーも多く存在する、ザ・バンドの代表曲。
It Makes No Difference
7枚目のアルバム『南十字星』収録曲。ロビー・ロバートソン作で、リード・ヴォーカルはリック・ダンコ。彼のせつない感じのヴォーカルが美しいメロディによく合ってる。
The Weight
1st『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』収録曲で、ザ・バンドにとって最初のシングルでもあった。
ロビー・ロバートソン作で、リード・ヴォーカルはヘルムとダンコ。時代の変節を象徴したアメリカン・ニュー・シネマの名作『イージー・ライダー』で使用された曲だ。美しい夕陽を浴びて2台のバイクが疾走するシーンによく合っていた。
聖書にまつわる単語が頻出し、難解な印象を与える歌詞で、様々な解釈がされたが、作者のロバートソンは「みんな考えすぎたよ。この曲に深い意味なんてない」と語っている。
入門用にザ・バンドのアルバムを最初に聴くなら、『グレイテスト・ヒッツ』がお薦め。今回選んだ10曲もすべて収録されています。
(by goro)