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Ernie Graham
“Ernie Graham” (1971)
アーニー・グレアムはアイルランド出身のシンガー・ソングライターだ。1971年に本作を発表した。
彼の音楽活動の全期間でリリースされたレコードは、8曲入りのこのアルバムと、7年後の1978年に発表したシングル盤のみで、全部で10曲がレコード化されただけである。
それだけのレコードしか出せなかったのは、単純に売れなかったからだ。
もしも「内容の素晴らしさの割に知名度の低い名盤の最高峰は?」と訊かれたら、わたしは迷わず本作を挙げるだろう。この【最強ロック名盤500】で取り上げるアーティストの中で、間違いなく最も無名のアーティストに違いない。
実のところ、本作をわたしのブログで取り上げるのはこれで5度目である。
昔からの読者の方には「またか」と思われるかもしれないが、また書く。
わたしがこのアルバムを入手したのは、まさに偶然のことだった。
本作は2002年に「紙ジャケシリーズ」として、1,000枚のみの国内限定版で初CD化された。
当時のわたしは仕事の関係と趣味も兼ねて、毎月発売されるCDを隈なくチェックしていたが、この名前も知らないアーティストのアルバムが妙に気になった。本当になんとなくなのだが、このアルバムはきっと素晴らしいに違いない、とわたしの自慢のよく利く鼻がヒクヒクと教えたのである。まだ発売前だったので、ネットで予約して購入した。予約して買ったCDなんて、後にも先にも本作だけである。
届いたCDを聴いてみて、あまりの素晴らしさにぶっ飛んだ。
ほらやっぱりそうだろ、とわたしの鼻が得意げにヒクヒクしていた。
わたしは1回聴いただけで好きになり、なぜこんな素晴らしいアーティストの素晴らしいアルバムがこんなに無名なのだろうと理解に苦しんだ。
わたしはそれまでロックの名盤ガイドなどの本を山ほど読んできたが、このアルバムにお目にかかったことは一度もなかった。
【オリジナルLP収録曲】
SIDE A
1 セバスチャン
2 ソー・ロンリー
3 シー・フィーヴァー
4 ザ・ガール・ザット・ターンド・ザ・レヴァー
SIDE B
1 フォー・ア・リトル・ホワイル
2 ブルース・トゥ・スノウイ
3 ドント・ウォント・ミー・ラウンド・ユー
4 ベルファスト
本作のバック・バンドにはパブ・ロック界の伝説的バンド、ブリンズリー・シュウォーツやヘルプ・ユアセルフといったバンドが参加している。彼らの演奏がまた素晴らしいのだ。
スワンプ・ロック、フォーク、カントリー、トラッドの要素が混在しているが、独特の浮遊感があるサウンドと美しいメロディーは、生活感が希薄で、彼岸の世界に渡るぎりぎりの場所で鳴り渡っているかのようだ。何度聴いても飽きない。心が安らぐ。
A1「セバスチャン」から、すぐに惹き込まれる。ポップというわけでもキャッチーというわけでもないのに。魔力か何かのようだ。
A3「シー・フィーヴァー」は素晴らしいメロディ、ピアノの美しい響き、エンディングの「you get high… you get high…」と歌われる、ひどく物哀しいリフレインが印象的な名曲だ。
さらにA4「ザ・ガール・ザット・ターンド・ザ・レヴァー」は本作で最も心にのこる名曲だし、B1「フォー・ア・リトル・ホワイル」の「ララーラ、ラーララー」のリフレインは一度聴いただけで耳に残る。
どの曲も忘れ難い感動を残す、滅多にないほどの名盤である。
それにしても、どんなに良い音楽を書いても売れない人はいるものだ。
反対に、どれほどくだらない音楽でも、売れるときは売れる。
音楽の世界は残酷な世界だ。どれほど努力したかとか、どれほど才能があるかとかはどうやら関係なく、ギャンブルとあまり変わらない程度の、運が支配する世界のように思える。それでも、その世界に人生をかけ、すべてを捧げる多くの人々がいる。
アーニー・グレアムは本作から7年後の78年に、シングル「ロミオ・アンド・ザ・ロンリー・ガール」をリリースした。
このシングルもまったく売れなかった。
それが彼の最後のレコードとなり、彼は音楽界から引退してイギリスの国鉄に就職した。オリエント急行の車掌を務め、2001年にロンドンで死去した。54歳だった。
病死ということだが、詳細はわからない。たかだか国鉄職員の死因の詳細などが大きく取り上げられるはずもないのである。
オリエント急行の車掌を勤めている時期に、彼の歌を知っている乗客から声をかけられることはあったのだろうか。おそらく無かっただろうと想像する。
わたしがもしも乗客だったら、車掌の彼にこんなふうに伝えたかった。
「あなたのアルバムは最高です。あなたの音楽を聴いていると心が安らぎます。わたしはもう何度も何度も聴きました。これからも何度も何度も聴くでしょう。わたしにとって宝物のようなアルバムです。こんなに素晴らしいアルバムを作ってくれたことに、心からお礼を言いたいです。ありがとうございました」。
↓ Aメロもサビも大サビも全部いい「ザ・ガール・ザット・ターンド・ザ・レヴァー」。
↓ ピアノとオルガンの美しい響き、エンディングの物哀しいリフレインが印象的な「シー・フィーヴァー」。
↓ 「ララーラ、ランララー」のリフレインが耳に残る「フォー・ア・リトル・ホワイル」。
(Goro)