米ワシントン州シアトル出身のジミ・ヘンドリックスは、1966年にアニマルズのベーシスト、チャス・チャンドラーの薦めでイギリスへと渡り、〈ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス〉を結成し、シングル「ヘイ・ジョー」でデビューする。
ロンドンのクラブなどで演奏するジミを、ビートルズやローリング・ストーンズ、ヤードバーズ、ザ・フーなど、当時の英ロック界のスターたちが連日見に来たそうだ。その唯一無比のギタープレイに驚愕し、絶賛し、打ちのめされたという。
ジミの登場は、シンプルで幸福なロックンロールの草創期を終わらせ、新たな次元の深淵が口を開いたロックの時代の始まりだった。
ブリティッシュ・ビート・バンドが世界中で若者を熱狂させていた時代の真っただ中、その満天の星空にでっかいブラックホールが口を開けたのだ。手塚治虫と藤子不二雄が人気を博した時代の漫画界に、突然楳図かずおが現れたようなものかもしれない。
彼のギターからは、それまで聴いたこともなかったような、ロックのダークサイドのような音響が次々と生まれた。咆哮や悲鳴や断末魔、喘ぐような、深い溜息のような、号泣のような、暴力のような、病いや死のような、恐怖の音。
聴いているとどんどんその深い闇に引き込まれていきそうになる。
ジミ・ヘンドリックスによって、ロックは表現の幅を一気に拡げ、単なるエンターテインメント以上の、ダークサイドも表現できるアートに深化した。
そんなジミ・ヘンドリクスの全アルバムをあらためて聴き直し、今でもやっぱり引き込まれる名曲を、10曲選んでみました。
以下は、わたくしゴローが愛するジミ・ヘンドリクスの名曲ベストテンです。
Can You See Me
1stアルバム『アー・ユー・エクスペリエンスト?(Are You Experienced)』収録曲。
66年でこれは、やっぱり新しかったんだろうなあ。こういうハードな音の録音の仕方をまだ誰も知らず、手探りで無理やり詰め込んだ感じがする。
虫捕りに行ったら思いがけず恐竜の子供みたいな凄いのが獲れてしまい、小さなケージに押し込まれて狂暴に暴れ狂っているような、そんな曲である。
なぜかYouTubeにはこの曲のまともな動画が無くて、MC5の海賊版みたいな音のこれで我慢してほしい。これはこれでなんだか狂暴感が一層増してるけれども。
The Wind Cries Mary
イギリスで3枚目のシングルとして発表された抒情的なバラードで、ジミヘンのオリジナル。全英6位。
地味だけど美しい曲だ。ただただ弾きまくるだけの野蛮な男ではないのだ。
なんと言っても邦題がカッコいい。
Freedom
生前、4枚目のオリジナル・アルバム(2枚組)を構想していたジミヘンが遺したトラックから、彼の構想に沿った形のアルバム『ファースト・レイズ・オブ・ザ・ニュー・ライジング・サン』が1997年に発表された。
音も他のアルバムより良いぐらいで、充実した内容だ。ジャケは見ての通り、超ダサいけど。
この曲はそのオープニングを飾る曲。聴きやすい音質で、実験的すぎない、完成度の高いロック・ナンバーだ。
Angel
この曲も同じく『ファースト・レイズ・オブ・ザ・ニュー・ライジング・サン』の中の1曲。
この曲はジミヘンのソング・ライティングの成長が窺える。
彼はやはり絶頂期に逝ってしまったのだ。
彼の死は哀しいというより本当に悔しい。
クズは別にいいけど、頼むから天才だけはドラッグに手を出してくれるな。
ジミのバラードでは、わたしはこの曲がいちばん好きだ。
(※残念ながらこの曲の動画は現在まったく流通していません)
Fire
1st『アー・ユー・エクスペリエンスト?』収録曲。疾走感あふれるカッコいい曲だ。
伝統的なブルースが変態してハード・ロックが誕生していく様を聴いているような、歴史的瞬間に立ち会っているようなスリルを感じる。
Foxy Lady
1stアルバム『アー・ユー・エクスペリエンスト?』のオープニング・ナンバー。シングル・カットもされ、全米67位。
その昔、日本の「王様」というアーティストが「キツネっぽい女」というタイトルで日本語直訳カバーしていたけれど、そんなしょうもないことを歌っていたのか、と愕然としたものだった。
あの頃、一世を風靡した王様からは、日本語直訳の面白さと同時に、洋楽ロックの名曲が、実はいかにくだらない歌詞であるかということを衝撃と共に教わったものだった。それ以降、わたしはあまりロックの歌詞の和訳を読まないようになった。
All Along the Watchtower
ボブ・ディランの曲のカバーで、3rdアルバム『エレクトリック・レディランド(Electric Ladyland)』収録曲。
シングル・カットもされ、全米20位というジミヘンにとってのチャート最高位を記録した。
ジミ・ヘンはライヴで当時の最新のロック・ナンバーをいろいろとカバーしていたけれど、この曲が圧倒的に出来が良い。
このジミヘン・バージョンに触発されたのだろう、後にU2、ニール・ヤング、プリンス、ポール・ウェラー、パール・ジャムなど数多くのアーティストもカバーした。
ちなみにこのジャケットはアメリカ盤のジャケット。
Crosstown Traffic
3rdアルバム『エレクトリック・レディランド』収録曲。イントロのギターから超絶カッコいい、ジミヘンの中でも最もテンションの上がる曲のひとつだ。
こっちはイギリス版のジャケット。ジミはこのジャケットを嫌っていたそうで、現在はジミの遺族が運営する財団の意向で、アメリカ盤ジャケットで世界的に統一されているということだ。
わたしは断然このイギリス盤のジャケットのほうが好きだけれども。。
Purple Haze
2ndシングルとして発表された、ジミの代表曲。全英3位、全米65位。
当時は、この前代未聞の怪物みたいな曲をどうやってこの小っちゃいドーナツ盤に収めようかと頭を抱えたのではないかと想像する。
かなり窮屈そうな格好で収まってはいるけれども、それでも間違いなくジミヘンの楽曲としては最も完成度の高い、怪物がのたうつ恐怖の地響きや咆哮をポップに昇華させたような名曲だ。
Star Spangled Banner
この、アメリカ国家を裁断し解体したグロテスクな演奏は、複数のライヴで演奏されているが、1969年に開催された『ウッドストック・フェスティヴァル』での演奏が圧倒的な物凄さだ。
まるでアメリカの正体である怪物が、悲鳴をあげ、咆哮を放ち、憎悪に燃え、そして恐怖に怯えながら、苦悶にのたうちまわる姿のようだった。
アメリカは自由と夢と希望だけの国ではないし、ロックはハッピーでノリノリでオーイエーなだけではないのである。
だから面白い。
ジミ・ヘンドリックスの入門用CDとしては、このベストアルバムが最適だ。
リマスターされているので、音も他のベスト盤よりずいぶん良い。
(Goro)