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Kinks
“Kinks” (1964)
英ロンドンのバンド、キンクスが1964年10月にリリースした1stアルバムだ。
キンクスはこの年の2月に、リトル・リチャードの「ロング・トール・サリー」をテンポダウンした一風変わったカバーでシングル・デビューした。しかし全英42位と振るわず、続く2枚目の、レイ・デイヴィスによるひねくれビートルズみたいなオリジナル曲のシングルはチャート入りすらしなかった。
ヒットを出せ、というレコード会社からの強いプレッシャーを感じながらも、レイ・デイヴィスはもっと独創的な新機軸が必要だと感じ、時間と費用をくれとレコード会社とマネージャーに粘り強く交渉したという。
そうして試行錯誤を繰り返して出来たのが3枚目のシングル「ユー・リアリー・ガット・ミー」だった。ギターのデイヴがアンプの振動板をカッターで裂いて作り出したという強烈に耳障りなディストーション・ギターのリフだけで出来ているこの曲は、後のハード・ロック/ヘヴィ・メタルの起源としてもよく知られている。
「ユー・リアリー・ガット・ミー」は全英1位、全米7位の大ヒットとなり、前年のビートルズに続いてアメリカを席巻し、「ブリティッシュ・インヴェイジョン(英国の侵略)」の嚆矢となった。
その大ヒットを受けて急遽、1週間で録音されたのが本作である。カッコ内はカバー元のアーティストだ。
【オリジナルLP収録曲】
SIDE A
1 ビューティフル・デライラ (チャック・ベリー)
2 ソー・ミスティファイング
3 ジャスト・キャント・ゴー・トゥ・スリープ
4 ロング・トール・ショーティ (ドン・コヴェイ)
5 アイ・トゥック・マイ・ベイビー・ホーム
6 アイム・ア・ラヴァー・ノット・ア・ファイター (サニーボーイ・ウィリアムソンⅡ)
7 ユー・リアリー・ガット・ミー
SIDE B
1 キャデラック (ボ・ディドリー)
2 ボールド・ヘデッド・ウーマン ※
3 リヴェンジ
4 トゥー・マッチ・モンキー・ビジネス (チャック・ベリー)
5 ドライヴィング・オン・ボールド・マウンテン ※
6 ストップ・ユア・ソビン
7 ガット・ラヴ・イフ・ユー・ウォント・イット (スリム・ハーポ)
急遽決定したアルバム制作だったために曲が揃わず、レイ・デイヴィスのオリジナルは6曲にとどまり、R&Bのカバーが6曲、そしてプロデューサーのシェル・タルミーが書き下ろした曲が2曲(※)、という構成のアルバムとなった。
しかし、突貫で録音された勢いこそ感じても、やっつけ感も寄せ集め感も感じない、素晴らしい出来になっている。60年代ブリティッシュ・ビート・バンドの1stアルバムとしては、ビートルズ、ストーンズ、フーと肩を並べる傑作である。
A1、A4、A6、B5の4曲はデイヴィス兄弟の弟、当時17歳のデイヴがリード・ヴォーカルをとっている。特にA1「ビューティフル・デライラ」の史上初のパンク・ロックみたいなヴォーカルがたまらない。
B3「リヴェンジ」はインストだが、それ以外の5曲のレイ・デイヴィスの作品はどれもすでに60年代英国を代表する名ソングライターの片鱗を窺わせるものだ。
A7「ユー・リアリー・ガット・ミー」はもちろんロック史に残る大名曲だが、しかしそれに比べるとほとんど知られていないも同然なB6「ストップ・ユア・ソビン」もまたそれに勝るとも劣らない名曲だ。せつない系の歌メロと、ユーモアとペーソスあふれる後の作風へつながる、これぞレイ・デイヴィス!と言いたくなる独創的な名曲だ。この「せつない系」という哀愁漂う曲調もまた、その後の英国ロックに連綿と引き継がれていく。
余談だが、プリテンダーズが1979年にリリースしたデビュー・シングルがこの「ストップ・ユア・ソビン」のカバーだった。
それをきっかけに、レイ・デイヴィスとクリッシー・ハインドは知り合い、恋人関係に発展し、一人の娘をもうけたが、結婚には至らなかった。
R&Bやロックンロールもあれば、ハード・ロックもあり、パンク・ロックもあり、そしてせつない系もある。まるで未来の英国ロックの見本市のような画期的なアルバムである。
それにしても、このときレイ・デイヴィスはまだ20歳になったばかりだったのだから恐れ入る。
↓ キンクスの大ブレイク作「ユー・リアリー・ガット・ミー」。
↓ レイ・デイヴィス節が全開の、独創的な「ストップ・ユア・ソビン」。
(Goro)