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Gene Clark
“No Other” (1974)
つい2週間ほど前の正月休み中の夜、まあ好きなだけ酒も飲んで、フラフラと床に就いたもののなかなか眠りが訪れないので、何の気なしにイヤホンを着け、スマホで聴き始めたのが、本作だった。それまで聴いたことはなく、一度聴いてみようと用意しておいたものだった。
1曲目の「Life’s Greatest Fool」が始まった途端に「おっ」と思った。
予想通りのカントリー・ロックだけれども、シンガーとバンドが一体となった揺るぎないグルーヴと空間的なサウンドの妙に、一気に惹き込まれる。
一聴してグルーヴの強さを感じる作品というのはだいたいにおいて名盤の疑いが濃厚であり、続く2曲めの「Silver Raven」はギターもカッコいいウエスタン風の名曲、さらに3曲めの「No Other」のもはやカントリー・ロックでもない、既存のジャンルに収まらない、サイケやゴスペルやファンクなどの要素も入った夢幻の世界に誘われ、さらに古巣のザ・バーズ風の「Strength Of Strings」のスケールの大きな盛り上がりに震える。
これはもしかするとどえらい名盤に出会ったのではないか、などと夢うつつに感じながら、いつのまにか眠りに落ちてしまった。
翌朝、そういえばあれは現実だったのか、もしかすると夢だったのかと、もう一度あらためて本作を最後まで通して聴いてみた。あらためて聴いてもやっぱり素晴らしかった。夢ではなかったのだ。寝落ちしてたぶん聴けてなかった後半もまた、ぶったまげるぐらい素晴らしかった。要するに最初から最後まで、全部素晴らしいのだ。
これはわたしの【名盤500】に入れねばなるまい。
そう思いながら、わたしは少しうろたえた。
まさかこの【名盤500】で、誰も知らないジーン・クラークのソロ・アルバムなんかを、71年の『ホワイト・ライト』に続いて2枚も選ぶことになろうとは、それこそ夢にも思っていなかったのである。
しかしわたしが選ぶ名盤には知名度は関係ないし、偏りもあって当然だと思っているので、ためらう理由はないのである。
そうか、初期のザ・バーズのあの革新的な音楽性と楽曲の瑞々しさや独創性は、ソングライターだったジーン・クラークのおかげだったんだな、などとあらためて思ったりもした。
本作は1974年9月にリリースされた、ジーン・クラークの3枚目のソロ・アルバムである。
【オリジナルLP収録曲】
SIDE A
1 Life’s Greatest Fool
2 Silver Raven
3 No Other
4 Strength Of Strings
SIDE B
1 From A Silver Phial
2 Some Misunderstanding
3 The True One
4 Lady Of The North
ジーン・クラークによれば、本作は前年にリリースされたスティーヴ・ワンダーの『インナーヴィジョンズ』とローリング・ストーンズの『山羊の頭のスープ』に大きな影響を受けたという。
彼はこの作品に、長い時間と人脈とお金と、持てる力と魂のすべてを注ぎ込んだ。
しかし所属のアサイラム・レコードは、莫大な制作費がかかった割に「たったの8曲しかないうえ、シングルヒットしそうな曲もない」と失望をあらわにし、宣伝することを拒否した。
アルバムは全米144位と不調に終わり、2年も経たずに廃盤となった。
クラークは本作の商業的失敗と、批評家の酷評と無視に深く傷ついたが、しかし本作こそ自身の最高傑作だと後年も語り続けたという。
彼は本作の失敗から立ち直ることはなく、薬物とアルコール中毒で年々体調を悪くし、1991年初頭には咽頭がんと診断される。
そして1991年5月24日、出血性潰瘍による心臓病により、46歳という若さでこの世を去った。彼は出生地であるミズーリ州ティプトンの墓地に埋葬されたが、その墓碑銘には「No Other」と記されている。
彼の訃報をきっかけに、本作は徐々に注目を集めるようになる。
2003年に再発されると評価も高まり、イギリスのガーディアン紙は「史上最高のアルバムのひとつ」と激賞した。
2010年代にはデラックス版も発売され、2014年には米国のバンド、ビーチ・ハウスを中心に「ジーン・クラーク・ノー・アザー・バンド」が結成され、4回の公演で本作の全曲演奏を行っている。
このジーン・クラークの最高傑作が、もっともっと広く知られて欲しいと、切に願う。
↓ オープニングを飾るカントリー・ロックの名曲「Life’s Greatest Fool」。
↓ サイケやゴスペルやファンクなどの要素も入った、まるでミクスチャー・ロックのようなタイトル曲「No Other」。
(Goro)