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The Stone Roses
“The Stone Roses” (1989)
ある種の人々にとってザ・ストーン・ローゼスとは、ビートルズやセックス・ピストルズやニルヴァーナに匹敵する価値を持つ名前である。ある種の人々とは、1989年当時、絶滅の危機に瀕していた「ブリティッシュ・ロック」の奇跡の復活を目の当たりにして、感涙に咽んだ者たちのことである。わたしもその一人だ。
パンク~ニューウェイヴがロック界を激震させた後の80年代は、ロックは相対化され、分解され、解剖され、解体され、瓦解する運命となった。先鋭的なロックバンドほど「ロックでなければなんでもいい」とまで言った時代だった。
MTVから盛大に流れる世界基準のロック・ミュージックは、一見昔ながらのロックと大差ないように見えるが、なにかが決定的に違っていた。
そこで流れるロックは、ファンタジーであり、ファンシーであり、パロディであり、コメディのようにも見えた。わたしは好きになれなかった。そのロックには「リアリズム」というものが欠けていたのだ。
音楽における「リアリズム」というのは微妙すぎてわかりづらいだろうが、わたしも説明しづらい。
しかし「ロック」と呼ばれる音楽の、その最も重要な特徴のひとつは、他の音楽以上にリアリティを持ち合わせていたことだった。だからこそロックンロール誕生以来、若者たちは他の音楽よりもダイレクトに心に届き、魂を揺さぶるこの音楽を熱心に求めたのだ。
実はわたしは89年まで、リアルタイムのロックをまともに聴いていなかった。
80年代のあいだ、わたしは60~70年代の音楽を聴き続けていた。リアルタイムの音楽にはわたしの好みに合うものはないと思っていたからだ。
そのわたしが89年からリアルタイムのロックを聴くようになり、やがて夢中になっていったのは、このストーン・ローゼスの登場がきっかけだった。
当時の音楽雑誌はこの連中の話題でもちきりだった。さすがにリアルタイムの音楽に興味の無かったわたしの耳にまでその名が「英国ロック奇跡の復活」という熱烈な賛辞とともに轟いてきた。
そう、たしかに、この連中の登場がなければ英国ロックはあのまま絶滅していたのかもしれない。彼らの登場がマンチェスター・ムーヴメントという新しい波を作り出し、そのまま90年代のオルタナティヴ・ロック革命へと繋がっていったのだから。
というような歴史的評価はあるものの、だからといってセックス・ピストルズやニルヴァーナ、あるいはガンズ&ローゼスのような、いかにも衝撃的で刺激的な、頬を張り飛ばされるようなものを期待すると肩透かしをくらうだろう。
ストーン・ローゼスはまるで、60年代後半のブリティッシュ・ビートを彷彿とさせる、ある意味古風な音楽だった。
われわれはあの頃、ごく普通に口づさめる、昔ながらのストレートなロックに飢えていたのである。ややこしい革新性も要らなかったし、華やかなパフォーマンスも気恥ずかしいだけだった。ストーン・ローゼスの登場に対する歓迎は、ごくふつうのリアルでストレートな「歌」が戻ってきたことの新鮮さ、嬉しさだった。
今また本作を聴きながらこれを書いているが、初めて聴いてから35年が経った今もまだ聴き飽きることがない。
聴けば聴くほどに発見があり、技術的なレベルの高さ(まあヴォーカルは置いとくとして)もさることながら、決して60年代英国ロックの焼き直しだけではない、サウンドの実験的な試みに加え、清冽な響きと新しい歌があるし、なによりこの完成度の高さはただ事ではない。
新人のアルバムとは思えない唯一無二の強固な世界観を持ちながら、しかし同時にいかにも新人らしい、眩しいほどの輝きに包まれたエヴァーグリーンの音楽である。
ロックの名盤は数多あれど、これほど美しい作品も滅多にないだろう。
(Goro)