オリジナル・アルバムはたった3枚、ライヴ盤や編集盤を入れても10枚ちょっとしかないニルヴァーナに名盤ベストテンもないようなものだが、しかしあらためてそれらを聴いてみると、そのほとんどが名盤と言っても過言ではないほどのクオリティなのだから恐れ入る。
わたしにとってニルヴァーナは、あの大ブレイクの熱狂から、そして最悪の結末までをリアルタイムで体験した、思い入れの深さでは群を抜くバンドである。
ニルヴァーナがブレイクする少し前、音楽雑誌のインタビューでソニック・ユースのキム・ゴードンが発した「ニルヴァーナは凄い」というひと言でわたしは彼らの名前を覚え、『ネヴァーマインド』を発売と同時に購入した。
当時住んでいたボロアパートで、CDプレーヤーにセットして再生ボタンを押し、スピーカーから「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」のイントロが流れ出した瞬間のことは今でも忘れられない。全身に電流が走り、総毛立った。あれは長年ロックを聴いてきた中でも、最も衝撃的で最も興奮した瞬間だったかもしれない。
わたしとカート・コバーンは生年月日が5ヶ月しか違わない、言わば”同級生”だ。
それまでのわたしは、ロックの偉大な先人たちが残した作品を「リスペクト」と共に聴いていたが、ニルヴァーナは初めて同世代としての「共感」と共に熱狂したロックだった。
ニルヴァーナは90年代のロックシーンに凄まじい破壊力の爆弾を投下して、音楽産業からサブカルチャーにまで影響を及ぼし、地殻変動を起こした。
「世界を変えた」なんて言えばさすがに大袈裟すぎるけれども、しかし少なくともわたしにとっての「世界」を変えたことだけは間違いない。
同級生がやってくれたぜ、すげぇ、と、なにも関係ないわたしまでが誇らしい気持ちになったほどだった。
そんな、われらが同世代のヒーロー、ニルヴァーナの名盤ベストテンを選んでみた。
“With the Lights Out” (2004)
いきなり「名盤」とはさすがに言い難い代物から始まって申し訳ないが、10番目というとこれになってしまうかなあという感じで、とりあえず滑り込ませてみた。
ブートみたいな音質のレッド・ツェッペリン「ハートブレイカー」のカバーから始まる、CD3枚組+DVD1枚のボックスセットだ。
アウトテイクや宅録みたいなデモやリハーサル、あまり違いがわからない別ミックスなど、本来商品にするほどでもないようなものを掻き集めた代物で、音質もクリアなものから海賊盤並みのものまでバラバラである。正直わたしは1回聴いたらもういいやと思った。ほんの少しだけ未発表曲が入っているが、そこまでたいしたものはない。
お薦めはしない。ニルヴァーナ無しではいられない重症患者が最後に聴くやつだ。
”From the Muddy Banks of the Wishkah” (1996)
ニルヴァーナ解散後、1989年から94年のキャリアを通じたライヴ音源からクリスが中心となって選曲した16曲を収録したライヴ・アルバム。
録音年も場所もバラバラなので音質はそれぞれだし、ライヴならではの一貫した勢いや雰囲気には欠けるものの、ニルヴァーナらしい激しく熱い強烈なトラックも多い。
ただ、ここに挙げた5枚のライヴアルバムの中では、選曲がややイマイチな印象だ。
”Live and Loud” (2019)
1993年に彼らの故郷シアトルで行われたライヴから、17曲を収録したライヴアルバム。
タイトルの通り、パワフルでクリアで大迫力のラウドな録音が素晴らしい。選曲は『イン・ユーテロ』からのものが中心になっていて、他のライヴ盤とはまたひと味違った選曲になっているのも嬉しい。
このアルバムを含め、ここから先は全部「名盤」と呼んで差し支えないだろう。
Live at the Paramount (2019)
『ネヴァーマインド』のリリースからおよそ1ヶ月後、1991年10月にパラマウントシアターで行われたライヴから19曲を収録。絶賛ブレイク中のニルヴァーナだ。
最も勢いのあった時期だけに演奏ももちろん素晴らしいが、これもまたクリアで大迫力の音質がまた嬉しい。
「史上最高のドラマー」なんて企画では大抵、レッド・ツェッペリンのあの人あたりがトップに選ばれたりするものだけれど、わたしはデイヴ・グロールに1票入れたいなあ、などと聴きながら思ったりもした。
Incesticide (1992)
『ネヴァーマインド』のメガヒットから1年後、なかなか次のアルバムを作ろうとしないバンドに業を煮やしたレコード会社が、シングルのB面曲や未発表曲、カバー録音などを掻き集めてリリースした編集盤。
寄せ集めとは言え内容は充実しており、1stから2ndの間を繋ぐオリジナルアルバムだと思って聴いても充分に聴ける。
「スリヴァー」「ダイヴ」「アニューリズム」といった名曲や、ヴァセリンズやディーヴォのカバーも収録。ジャケットの変な絵はカートによるものだ。
Bleach (1989)
地元シアトルのインディ・レーベル、サブ・ポップから発売された記念すべき1stアルバム。
デイヴ・グロール加入前であり、ニルヴァーナとしてはまだ発展途上には違いないが、カート・コバーンの唯一無比のソングライティングはすでにその萌芽を見せていて、当時のインディ・バンドの作品としてはオリジナリティ溢れる傑作の部類に入るものだった。
「アバウト・ア・ガール」「ブリュー」「スクール」「ネガティヴ・クリープ」など、ライヴの定番となった重要曲も含まれている。
音質がいかにもインディーズらしい立体感に欠ける音だが、こういう貧相な音を爆音で聴くのがまたオツなのよというインディ好きの変わり者も一定数いるだろう。わたしもその一人だ。
Live at Reading (2009)
1992年8月30日、英国のレディング・フェスティヴァルのトリで出演した、伝説のライヴ。
当時わたしはケーブルテレビの特番でこのライヴの映像を見たが「リチウム」で自然発生的に起こった観客の大合唱に魂が震えたものだ。
まさにこの頃がニルヴァーナのキャリアの絶頂期だったように思う。
24曲収録で、選曲も完璧だ。聴きたい曲が全部入っている。
MTV Unplugged in New York (1994)
93年11月にMTVの企画として放映された「アンプラグド・ライヴ」を収録したアルバム。
当時はこのアンプラグドの企画が大流行し、数々の大物アーティストが登場した。
多くのライヴ盤もリリースされたが、このアルバムはその中でも間違いなく最高傑作に数えられる名盤だ。全米1位、日本でもオリコン総合20位のヒットとなった。
オリジナル曲のアンプラグド用のアレンジも素晴らしい出来だが、ミート・パペッツやヴァセリンズ、デヴィッド・ボウイなどのカヴァーがまた最高だ。
In Utero (1993)
3rdアルバム。前作『ネヴァーマインド』が想定外に売れすぎてパニクったのか、本作ではプロデューサーにアンダーグラウンド・ロックの帝王、スティーヴ・アルビニを起用してニルヴァーナ本来のアングラ臭と”聴き難さ”を強調した、前作よりも内省的でヘヴィな作品となった。
とは言え「ポップとラウドの融合」というニルヴァーナの基本的な音楽性には変わりなく、「ハート・シェイプト・ボックス」「オール・アポロジーズ」「レイプ・ミー」「ダム」「ペニーロイヤル・ティー」といった名曲がズラリと並ぶ名盤だ。
Nevermind (1991)
ロックシーンのみならず、音楽産業全体やサブカルチャーシーンをも揺るがし、地殻変動を引き起こした、革命的名盤。
「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」「カム・アズ・ユー・アー」「リチウム」「イン・ブルーム」といった、ポップとラウドを融合させた画期的な名曲はシングルとして大ヒットしたし、それ以外にも「ブリード」「ドレイン・ユー」「ステイ・アウェイ」「テリトリアル・ピッシングス」などライヴで最高に映える楽曲もある。さらには「ポリー」「サムシング・イン・ザ・ウェイ」といったシリアスなものもあり、バラエティに富んだ内容だ。
90年代ロックを象徴する金字塔であることは間違いないが、ロック史上の最高傑作にも数えられていい、歴史的名盤である。
これから初めてニルヴァーナを聴くという幸せな人には、このベストテンの順位の上から順に聴いてけば間違いないのだが、わたしの言うことなど信用ならないと言う疑り深い人には、ベスト盤『ニルヴァーナ』(2002)もあるので、そちらでまずはサラッと聴いてみるのも良いかと思う。アルバムの冒頭を飾る未発表曲「ユー・ノウ・ユーアー・ライト」は本作にしか収録されていない。
(Goro)