【きょうの余談】初めて買ってもらったレコード

わたしは小学校5年生ぐらいから、テレビやラジオで音楽を楽しむようになったけれど、貧乏な我が家にはレコード・プレーヤーというものが無かった。中学生になると、同級生たちがレコードを貸し借りしているのを横目で見ながら羨ましく思っていたものだ。

ところが中1の3学期に、どういう経緯か知らないけれど、我が家にデカいステレオ・コンポがやってきた。ミニ・コンポじゃない、ちゃんとしたやつで、もちろんレコード・プレーヤーもある。母が「レコードを買いに行こうか」と言い、わたしは狂喜した。

家から徒歩5分の「弥富銀座通り」という大層な名前の小さな小さな商店街にあったレコード店に母と行った。
わたしは当時ラジオで聴いてその斬新なテクノ・サウンドに天地がひっくり返るほどの衝撃を受けた、イエロー・マジック・オーケストラのレコードをなにがなんでも聴いてみたかった。

運良くYMOの最新アルバム『パブリック・プレッシャー/公的抑圧』が出たばかりで、わたしは迷わずそれを選んだ。初回限定の、ディスクが黒じゃなくて透明のやつだ。母は自分用にシルヴィ・バルタンの『ディスコ・クイーン』というレコードを買った。

ステレオ・コンポで聴くYMOはとてつもなかった。ラジオなんかとは比べ物にならない、リアルで美しい、凄い迫力の音だった。わたしはよだれが出るぐらい感動して、何度も何度も聴いた。

しかし、これもどういう経緯か知らないが、半年ぐらいした頃に、学校から戻ると、ステレオ・コンポは我が家から消えていた。わたしはもう中2でカッコつけていたので、ぎゃあぎゃあ騒いだりはしなかったが、自分の部屋で布団にくるまってこっそり泣いた。

ステレオ・コンポはたぶん金に困って売ったらしいのだけど、その売り先がよりによってわたしの同級生の家だったので、哀しいうえになんだかめちゃくちゃ恥ずかしかったのを憶えている。

それからすぐに、われわれは引っ越した。

我が家は日本人形の製造・販売という細々としたお店をやっていたのだけど、思春期で好きな女の子も友達もいるわたしが「絶対に引っ越しなんて嫌だ」と泣きを入れると、母親が哀し気な顔でわたしに「連鎖倒産」という言葉を使って説明しようとしたのを憶えている。当時はその意味はわたしにはよく解らなかったけれども。

結局わたしは、たった1枚しかレコードを買ってもらえなかったが、その引っ越しで中2の2学期に転校することになると、同級生の女の子たち3~4人がお金を出し合って、甲斐バンドの「天使(エンジェル)」というシングル・レコードを餞別にプレゼントしてくれた。当時はわたしの人生最高のモテ期だったのだ。
レコード・プレーヤーはとっくに無かったので、聴くことはできなかったけれども。

それで、下の写真がその、少年時代に買ってもらった唯一の大事な大事な宝物のレコードの実物かというとそうではなくて、わたしもまた、1人暮らしで金に困ったときに、まとめてレコードを売ってしまっていたのだった。

親が親なら子も子だ。

でもその後、ちゃんと暮らせるようになってCDで買い直し、そして4年前には中古レコード・ショップでレコードも買い直した。

初回限定盤じゃないから、ディスクが透明じゃなくて、黒なのが口惜しいけれども。

(Goro)