A) 夜をぶっとばせ
A) ルビー・チューズデイ
A) Ruby Tuesday
The Rolling Stones Single 1967
1967年1月11日に、両A面のシングルとして発売され、全英3位のヒットとなった。
前作のシングル「マザー・イン・ザ・シャドウ」は嫌いな曲なのでついクソミソに書いてしまったが、このシングルは両面とも文句なしの名曲だ。迷走期間中ではあるが、ジャガー/リチャーズの才能の泉が枯れたわけではないことがわかる。
しかしアメリカでは「夜をぶっとばせ」の歌詞が「性的な内容を想起させる」として多くのラジオ局でオンエアが自粛され、米国のTV番組『エド・サリヴァン・ショー』出演の際にもサビの「The Night」の部分を「Sometime」と変えて歌わされた。そんなこんなで全米55位と、チャート成績も振るわなかった。
さらに、このシングルがリリースされた翌月の2月、ストーンズにとって最悪の事態が起こる。ミック・ジャガーとキース・リチャーズが、早朝に警察に踏み込まれ、薬物所持の容疑で逮捕されたのだ。
さらに追い打ちをかけるように、5月にはブライアン・ジョーンズも逮捕され、6月にはキースは懲役1年、ミックは懲役3カ月の実刑判決が下り、それぞれ別の刑務所に収監される。 当時のファンたちはそれでもストーンズを応援しようと、「ルビー・チューズデイ」のリクエストをラジオ局に殺到させ、全米1位となった。
https://www.youtube.com/watch?v=g4SlcBFbiJI
ザ・フーもストーンズを救援するため、「アンダー・マイ・サム」と「ラスト・タイム」をカバーし、実刑判決が出た直後にシングルとして発売した。
実は当時はまだドラッグに関する知識も法整備もあやふやで、悪い物か良い物かさえ一般の認知度は低く、警察もどう扱っていいものやらよくわからなかったという。大流行したLSDも、当時は合法ドラッグだったのだ。
なので警察は、ドラッグをこれからどんどん取り締まっていくぞと、世間の悪ガキどもに知らしめるために、知名度のあるロックスターをまずは血祭りにあげてアピールした、というのがストーンズ逮捕の真相らしい。
ドラッグで言えば実はビートルズだって同じようなものだったのだが、なぜストーンズが標的になったかを、キースはこう語っている。
ビートルズに手を出すわけにはいかなかった。あいつらにはもう勲章を授与していたからだ。(『ライフ』キース・リチャーズ著 棚橋志行訳)
その後、腕のいい弁護士が上訴すると有罪判決が覆り、ミックとキースは運良く釈放となったが、もしこれが現代であれば、アーティスト生命が絶たれていたかもしれないところである。
しかしこれ以降、ストーンズの反社のイメージはますます磨きがかかり、ドラッグのイメージも拭い難いものとなっていく。
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(Goro)