Sonic Youth
“Goo” (1990)
ソニック・ユースは1982年にインディ系レーベルからデビューし、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド以降脈々と発展を続けてきたロック界の地下フロアで、おそろしく聴きにくいノイジーで前衛的で暴力的な音楽をのたうちまわりながら咆哮し、カルト的な人気を博して〈N.Y.アンダーグラウンドの帝王〉と呼ばれた。彼らはテレヴィジョンやパティ・スミス、ラモーンズなどのN.Y.パンクの直系である。
80年代末にドラムがスティーヴ・シェリーに変わり、細かいビートが入ったあたりから作風が変化し、地下の香り漂うダークでノイジーな要素と60年代ロックのようなキャッチーでパワフルな歌が生まれるようになった。わたしにとっての90年代ロックの幕開けは本作のオープニング・トラック、「ダーティ・ブーツ」のあの美しくも不穏なイントロからだった。
本作はアート系の繊細さとパンク系の大胆さが絶妙なバランスで両立している。
サブカルチャーと前衛芸術が両立し、インテリジェンスと野蛮が両立している。
そんなロック・アルバムは聴いたことがなかった。わたしは初めて聴く、あまりに刺激的なロックに震えた。
ソニック・ユースの二人のギタリスト、サーストン・ムーアとリー・ラナルドの変態チューニングのギターから放たれる音は、ラウドでありながらシャープで軽く、良い意味での安っぽさがたまらない。紡ぎ出されるノイズは発光するように美しい。
エレキギターとは基本的にノイズを出す楽器であり、そとてノイズというものは刺激は強いがピュアで美しいものだとわたしは彼らの演奏を聴いて思うようになった。そしてノイズこそがリアリティを伝えている、とも。
1990年、当時はインディーズからメジャー・デビューするということは商業主義に身を売ることのように思われていたが、「オルタナティヴ・ロックが過小評価されている現状を覆したい」という思いで、その禁じ手をソニック・ユースは大胆に破ってみせた。
アンダーグラウンドの帝王がメジャーへの扉を開くと、それをきっかけに地下フロアで燻っていた才能豊かで個性的なアーティストたちが続々続いた。
当時のソニック・ユースはよく音楽誌に登場した。
彼らのインタビューで必ずと言っていいほど訊かれたのは「最近のバンドで良いのは?」という質問である。
わたしは彼らを無条件に信用していたので、彼らが挙げる無名の後輩バンドたちのCDを片っ端から聴き漁った。
このアルバムからシングル・カットされた「ダーティ・ブーツ」のMVがわたしは大好きだ。
ソニック・ユースのライブ会場で気の弱そうな冴えない少年とロック好きの少女が出会い、モジモジしながらも惹かれ合い、見つめ合い、最後に2人がステージに駆け上がってキスを交わしたところを警備スタッフに引き離され投げ飛ばされ、宙を翔けるように客席にダイブするという展開だ。この「冴えない少年」が意を決したようにステージに駆け上ったシーンはまさにオルタナティヴ・ロック革命の始まりを象徴する瞬間のように見えたものだ。
そしてここでもソニック・ユースはお気に入りの後輩バンドをさりげなくアピールしている。少女が着ているTシャツにプリントされているのは、当時はまったく無名の新人バンドだった。
しかしこの1年3ヶ月後、その新人バンドは世界的に大ブレイクし、オルタナティヴ・ロックの象徴的存在となるのである。
(Goro)