沢田研二/勝手にしやがれ (1977)
作詞:阿久悠 作曲:大野克夫 編曲:船山基紀
ニッポンの名曲について語ろう。
昭和の日本に生まれたので当然ながら、わたしも少年の頃は歌謡曲で育ったのだ。
どこでどう間違ったか、洋楽の方を主に聴くようになり、このブログもほとんど洋楽の名盤や名曲のことばかりを書いてきたけれども、わたしの音楽の原点はもちろん、ニッポンの歌謡曲である。思い入れはそれなりに深い。
「勝手にしやがれ」は、1977年5月にリリースされた、沢田研二の19枚目のシングルだ。オリコンシングルチャートで5週連続1位となり、89万枚を売り上げ、その年のレコード大賞を受賞した。
それ以前のまだ幼きわたしは、大人たちが聴く歌謡曲というものにそれほど興味を惹かれていなかったが、小学5年生のときに、TVで沢田研二がこの「勝手にしやがれ」を歌うのを見て、初めて歌謡曲を「カッコいい」と思った。つまり、この曲こそが、わたしがこの地上に生を受け、初めて本気で好きになったポップ・ソングだったのだ。
そうして、わたしが最初に好きになったアーティストが、沢田研二だった。わたしにとっての、最初のヒーローだ。
「あんなふうになりたい」と願ったものだが、残念ながらなれなかった。
1980年に描かれた大友克洋の漫画『気分はもう戦争』の中で、主人公たちのこんなやりとりがある。
「ジョン・レノンがさ、殺されたんだってよ」
「騒ぐな! たかが毛唐の楽団屋じゃねーか。俺たちにはまだ沢田研二がいる!」
わたしは激しく共感したものだ。わたしにとっても沢田研二は、ジョン・レノン以上の存在だった。わたしにとっての、音楽の原点であり、ロックの原点でもある。
沢田研二を好きになったきっかけで歌謡曲を聴くようになり、晩ごはんとお風呂の後は、布団に潜ってラジオから小さな音で流れてくる歌謡曲に耳を澄まし、TBSの『ザ・ベストテン』を第1回から見て、その順位を毎週ノートにつけたりしたものだ。
この曲は1977年発売なので、セックス・ピストルズの『勝手にしやがれ』の発売と同じ年ということになる。
沢田研二の「勝手にしやがれ」は5月の発売で、ピストルズのほうは10月なので、沢田研二の方が先だ。
その阿久悠による歌詞も、セックス・ピストルズの革命的なアルバムに付けられた邦題も、1960年公開のジャン=リュック・ゴダール監督によるハードボイルドでアナーキーなフランス映画『勝手にしやがれ』のイメージがどちらも念頭にあったのは間違いないだろう。
それから数年後のわたしは、セックス・ピストルズに衝撃を受けて本格的にロックを聴くようになり、さらにその後、ビデオレンタルで観たゴダールの『勝手にしやがれ』にショックを受けて本格的にヌーヴェル・ヴァーグにハマり、積極的に映画を見るようにもなった。なので、二十代の頃は「音楽に目覚めたきっかけが沢田研二の『勝手にしやがれ』で、ロックに目覚めたきっかけがピストルズの『勝手にしやがれ』で、映画に目覚めたきっかけがゴダールの『勝手にしやがれ』」なんぞと吐かしておったものだったが、あながち誇張でもないのだ。
「メロディが覚えやすくて、親しみやすい」という意味でよく「キャッチーな」という言葉を使うけれども、洋楽の様々なジャンルと比べてみても、ニッポンの歌謡曲ほどキャッチーなポップ・ソングは無いように思う。
この「勝手にしやがれ」も、イントロからド派手で、歌メロも、間奏も、そして歌詞も、ついでにステージアクションも、すべてがもう過剰なくらいにキャッチーで耳に残る。
この曲は特にそうだけれども、日本の歌謡曲にはそういう傾向があると思う。工夫を凝らしたイントロの「つかみ」、親しみやすく、口ずさみたくなる歌メロ。なので、日本で売れる洋楽というのもそういう傾向のものが多かったように思う。
「勝手にしやがれ」の作詞は阿久悠である。情景が浮かび、主人公の感情と人間味が伝わってくる素晴らしい詞だ。
阿久悠は常に、先に出来ているメロディに乗せて詞を当てはめるという方法をとっていたという。その方法で、こんなに完成度の高い、ドラマチックな歌詞が書けるなんて、信じられない話だ。取ってつけたような、無理に合わせたようなところなんてまったくない。天才である。
わたしは詩を読むという趣味はないが、阿久悠の書いた歌詞はずっと眺めていられるぐらいに面白く、刺激的で、美しい。
こんなに豊かでカッコよくてユニークな言語を持つ、日本という国に生まれたことをあらためて幸福に思う瞬間だ。
(Goro)
