申し訳ないが、今回はロックとはなんの関係もない話だ。だからこのブログに書くべきことではないかもしれないが、わたしは書かずにはいられない。
今からつい4時間ほど前、たまたまスマホで開いたSNSから、小説家の西村賢太氏が昨夜急死したという記事が目に飛び込んできた。
反射的に目を逸らして、スマホを投げ捨てたが、そんなことをしてもどうにもならない。心を落ち着けてもう一度スマホを確認してみると、なにかの間違いではなく、現実だった。
わたしはとある場所の駐車場に停めた車内にいたのだが、しばらく体が硬直してしまったかのようだった。哀しみというより、激しい虚脱感に襲われた。茫然自失の状態だった。
わたしが西村賢太のことを知ったのは2011年、彼が『苦役列車』で芥川賞を受賞したときだ。
そのときの記者会見の最初の質問で「受賞が決まった瞬間はなにを?」と訊かれ、「自宅にいて、そろそろ風俗に行こうかなと思ってまして。行かなくてよかったです」と答えて笑いを取り、このシーンがTVニュースなどでも放送、拡散されたことはよく知られている。
わたしはそのニュース映像を見て、飾らない素朴な人柄だけでなく、どこかクズ人間の異臭を感じて興味を惹かれたのだった。
彼は「私小説」という、自分が経験したことをテーマにして書く作家だった。
彼の実人生は、少年時代に父親が性犯罪を犯して逮捕されたことをきっかけに転落の一途を辿る。母子家庭となり、学校にも行かず、中学を卒業すると家を出て、日雇いの肉体労働などをしながら、わずかに稼いだ金は酒や暴食や風俗に使い果たし、家賃を滞納しては追い出されることを繰り返す、ほとんどホームレスのような生活を送る。そして自身も二度、暴力事件で逮捕されたこともある。
わたしはそれまで私小説というものにはまったく興味が無かったのだけれど、わたしよりひとつ年下の同世代の彼のその境遇や経験は若い頃のわたしと重なる部分も多く、社会の最底辺で七転八倒するクズ人間の姿など、その破天荒な面白さに加えて、独特の文章がまた魅力的で、彼の作品のファンになると同時に、わたしの小説の読み方自体も一変したように思う。それまで読まなかったタイプの日本文学も積極的に読むようになった。
西村賢太の作品は、小説はもちろん、随筆や日記や対談本など、出版されているものは全作品を読み、本屋に行けば必ず新刊小説コーナーの「に」のところをチェックしたし、ときおりAmazonで新刊が出ていないかも検索した。それほど新刊を心待ちにしていた作家は、今では彼一人だけだった。つい最近も弟と一緒に飲んだときに好きな作家を訊かれて西村賢太と答え、『苦役列車』を薦めたばかりだった。
死因は発表されていないが、昨夜、タクシーの中で意識を失い、病院に搬送されたという。
くっそ!!
彼はわたしよりひとつ年下の54歳だ。わたしよりも若いのに、こんなに早く死ぬなんて、悔しくてならない。
彼の新作がもう二度と読めないと思うと、ものすごい喪失感を感じる。わたしは彼の作品の主人公である超ド級のクズ人間「北町寛多」に深いシンパシーを感じていた。
実は隠しているだけで、根はわたしもクズ人間なのだ。
わたしは「北町寛多」をいつしか、クズであることを唯一告白し合える心の親友のように想っていたのかもしれない。
つい4日前には、石原慎太郎が死去した。
石原慎太郎は芥川選考委員として、誰よりも強く西村賢太を推していた恩人である。
わたしは4~5年前ぐらいだったか、石原慎太郎と西村賢太が対談している番組を見たことがあった。西村は若い頃から石原作品のファンで、持参した希少本にサインをもらっていたのが微笑ましかった。
石原慎太郎の死の翌日に、西村賢太は追悼文を新聞に寄稿した。その記事がそのまま彼の絶筆となった。
誰かがSNSに挙げていたその読売新聞の写真を、わたしはスマホの画面を指で拡大しながら、ぼやけた文字を一生懸命に追った。最後の方が切れていて読めなかったので、明日図書館へ行って実際の新聞を読んで来よう。
西村賢太の全作品をもう一度すべて読み返したい。
でもそれをすると彼が死んでしまったことを余計に強く実感して、深い哀しみに襲われてしまうような気がする。
だから今はまだどうすることもできない。
(Goro)