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Elvis Costello
“Spike” (1989)
わたしも何度か経験したが、転職という機会は、自分を変える絶好のチャンスだ。
以前の職場で「遅刻が多いやつ」「些細なことで上司と対立するやつ」「言われたことしかやらないやつ」「クレーム対応が下手なやつ」「数字が苦手なやつ」「同僚とのコミュニケーションに消極的なやつ」「なのに女性にはやけに積極的なやつ」などという悪評が染み付いていたらしいのを自覚していて、今度の職場ではしっかり真面目にやって、積極性を前面に出して、上司に気に入られて、どんどん出世するぞ、などと心機一転、バージョン・アップした自分で再チャレンジするつもりになったりするものである。まあ、結局はまた新たなボロを出すのだけれども、しかしまあそうやって人は成長していくものである。
デビュー以来、マイナー・レーベルを渡り歩いてきたコステロにとって、苦節12年目にして初のメジャー・デビューとなったのがこのアルバムだ。1989年2月にワーナー・ブラザーズからリリースされた。
中小企業を転々としていた男が35歳にして、世界的に有名な大企業にヘッドハンティングされたようなものだ。それはもう、張り切ったに違いない。まずは自分の持てる能力を一通り披露して見せた、という印象をこのアルバムから受けるのだ。
【オリジナルCD収録曲】
1 …ディス・タウン…
2 レット・ヒム・ダングズ
3 ディープ・ダーク・トゥルースフル・ミラー
4 ヴェロニカ
5 ゴッズ・コミック
6 チューイング・ガム
7 トランプ・ザ・ダート・ダウン
8 スターリン・マローン
9 サテライト
10 パッズ・ボウズ・アンド・クロウズ
11 ベイビー・プレイズ・アラウンド
12 ミス・マクベス
13 エニィ・キングス・シリング
14 コール・トレイン・ロバリーズ
15 ラスト・ボート・リーヴィング
デビュー以来初めて、アトラクションズのメンバーを使わず、アメリカ人の名プロデューサー、T・ボーン・バーネットを呼び寄せて制作された本作は、まるで80年代のコステロの集大成のようだ。バラエティに富んだ名曲が、多すぎるほどに詰め込まれた傑作だ。
前作から2年のブランクの間に書かれた曲の中から最良のものだけを慎重に選び、緻密なアレンジで、商業性と芸術性のバランスをうまくとって丁寧に作り込まれた、そんな印象を受ける。わたしにとっては2nd『ディス・イヤーズ・モデル』に次ぐ、2番目に好きなアルバムだ。
やはりメジャー・デビューはうれしかったのか、ジャケットもワーナー・ブラザーズのロゴを模したデザインになっている。パッと見は加工した写真みたいに見えるけれども、実際にコステロ自身がメイクをして撮った写真を使用している。この辺りはちょっとはしゃぎ過ぎな感じがして、みっともない気がしないでもない。
↓ ポール・マッカートニーとの共作で、ベースもポールが弾いている。全米19位と、コステロにとってアメリカでの最高位となるビッグ・ヒットとなった。
曲調は明るくポップだけれども、歳をとって認知症になり自分の名前も思い出せなくなってしまった女性の哀しみを歌っている、重くせつない内容の歌詞だ。当時、実際に認知症になっていたコステロのお祖母さんをモデルに書いたそうだ。
↓ シングル・カットされて米オルタナティヴ・チャートの4位まで上昇した「…ディス・タウン…」。
(Goro)