Depeche Mode
“Violator” (1990)
いつものように単なる個人的偏見で話を始めるけれども、英イングランド出身のデペッシュ・モードという人たちのわたしのイメージは、東大工学部の研究室で何やら難しげで先端的なものを作っているような、研究熱心で完璧主義の人たちみたいな印象だ。
とてもわたしのような無教養の者がわかるような音楽ではないのだろう、と思っていた。
しかし1990年の3月にリリースされた7枚目のアルバムである本作『ヴァイオレーター』は、全英2位、そして全米7位という大ヒットとなり、アメリカだけで350万枚を売ったと知って驚いたのだった。
80年代イギリスの灰色の曇り空をシンセでサンプリングしたみたいな音楽が、アメリカでそこまで売れるとは。
そしてこれも個人的偏見だとはわかっているが、アメリカ人にわかるぐらいなら、きっとわたしにだってわかるに違いないと思ったのだ。いや、アメリカ人がこれを読んでないことを願うしかないけれども。
【オリジナルCD収録曲】
1 ワールド・イン・マイ・アイズ
2 スウィーテスト・パーフェクション
3 パーソナル・ジーザス
4 ヘイロー
5 ウェイティング・フォー・ザ・ナイト
6 エンジョイ・ザ・サイレンス
7 ポリシー・オブ・トゥルース
8 ブルー・ドレス
9 クリーン
思っていたような薄っぺらくてケバケバしい80年代のシンセ・ポップではなかった。
それもそのはずで、なにしろ90年代なのだ。
80年代という時代の完熟と終焉を同時に告げるように、サウンドの進化と完成を感じる。
人工的なサウンドだが、幽霊みたいな向こうが透けて見えるような薄っぺらい音ではなく、ちゃんと質量と温度を感じる音だ。人体の厚みと、温もりのような手ざわりの。
わたしはやはり楽器でも人間臭い生音が好きなので、普段好んで聴くタイプのサウンドではないけれども、これはこれでたまに聴くと新鮮で楽しいものだ。音の質感が実に気持ちよく、バーチャルの温泉に浸かってリフレッシュしたような気分になれる。
彼らが暗い研究室に閉じこもっているみたいなのはわたしの妄想で、実際には彼らは世界中ででかいスタジアムに何万という人を集めてコンサートをしている人たちなのである。
スタジアムみたいな広いところであんなややこしい内向きの音楽をやって盛り上がるのかなとも思っていたけれども、しかしここに収録された「パーソナル・ジーザス」や「エンジョイ・ザ・サイレンス」を聴くと、たしかにスタジアムを賑やかに揺らすことはできそうである。
ヴォーカルのデイヴ・ガーンも「エンジョイ・ザ・サイレンスは、俺たちがポップであることを恐れなくなった瞬間だった」(Q誌インタビュー2007年)と語っているように、外向きのデペッシュ・モードへと進化したのだろう。
ちなみに「パーソナル・ジーザス」は、神さまに電話する歌だという。
電話というのは、受話器を耳にあてて、いない相手に話しかける道具だ。たしかに宗教的な装置のようにも思えてくる。ブルースとエレクトロ・ビートが奇跡的に融合したようなリフの高揚感に、電話を耳にあてながら踊っている神様というのをつい想像してしまう。
↓ ブルースの要素も感じられるような、デペッシュ・モードの新境地で、全英13位、米オルタナ・チャートで3位まで上昇した「パーソナル・ジーザス」。
↓ 全英6位、全米8位と過去最大のヒットとなった「エンジョイ・ザ・サイレンス」。
(Goro)


