Bob Dylan “Slow Train Coming”
これも聴いてなかったアルバムだ。
ユダヤ人家庭に生まれたユダヤ教徒だったディランが、38歳にして何を思ったか突然キリスト教に改宗し、神への崇拝や信仰について歌ったのがこのアルバムだ。
全米3位、全英2位のヒットとなったが、宗教的な歌詞の内容についてはあまり歓迎されなかったようだ。60年代からのカウンター・カルチャーの象徴みたいな男が突然、敬虔に神を崇める保守的な内容の歌を歌うということにはかなり違和感があったようで、失望したというファンも多かったらしい。
でも、わたしは歌詞は正直どうでもいいので、問題は音楽的な出来だ。
60年代に素晴らしいソウル・ミュージックを送り出してきた、かの有名なアラバマ州のマッスル・ショールズ・スタジオでの録音は、とても力強く、クリアなサウンドとなった。アレンジもやり過ぎず地味過ぎで絶妙にちょうどいいし、全編でマーク・ノップラーのギターが冴え渡っている。
前作『ストリート・リーガル』あたりから試みてきたフォーク・ロックにR&Bの要素を取り入れる方法がここでひとまず完成を見たという気がする。
曲も充実している。甘さ控えめ、ポップ抑えめの、ややビター・テイストの大人のロックである。決して悪い出来ではない。良いアルバムだ。
前年に行われたライヴ中に投げ込まれた銀の十字架を、ディランはポケットに入れて持ち帰り、後でその十字架に触れたときに神の啓示を受けたという逸話が残っているが、そんなカッコ良すぎる話はわたしは信じてはいない。
この頃バツイチになったディランはコーラスガールの黒人女性と付き合い、どうやらその影響で一緒に教会に行くようになり、聖書をあらためて読み込み、洗礼までしたのだ。
初期の頃にプロテスト・ソングを歌っていたのも恋人の影響が大きかったようだし、その恋人と別れた途端に歌わなくなっている。わりと女性の影響を受けやすい人という印象はあるのだ。
プロテスト・ソング時代も2年ぐらいで終わったけど、このキリスト教への熱心な傾倒もその後、2年ほどで終わることになる。
まあ、安心したまえ。
↓ ディランにとって初のグラミー賞受賞(最優秀男性ロックヴォーカル賞)となった「ガッタ・サーヴ・サムバディ(Gotta Serve Somebody)」