『レディース&ジェントルメン』(2017)
The Rolling Stones
『レディース&ジェントルマン』はもともと、1972年のアメリカツアーから、テキサスでの4公演から構成したコンサート・フィルムで、1974年に米国で劇場公開された。
そして2010年に36年ぶりに劇場で再上映され、初の映像ソフトの形でDVDとBlu-rayもリリースされた。
ミック・テイラーが在籍したストーンズ最強時代の映像作品はこれしかなく、ファンにとっては長いあいだソフト化を心待ちにしていた伝説的な作品だった。
本作はそれと同内容のライヴ・アルバムとして2017年に発売されたものだ。
1. ブラウン・シュガー / Brown Sugar
2. ビッチ / Bitch
3. ギミー・シェルター / Gimme Shelter
4. デッド・フラワーズ / Dead Flowers
5. ハッピー / Happy
6. ダイスをころがせ / Tumbling Dice
7. むなしき愛 / Love In Vain
8. スウィート・ヴァージニア / Sweet Virginia
9. 無情の世界 / You Can’t Always Get What You Want
10. オール・ダウン・ザ・ライン / All Down The Line
11. ミッドナイト・ランブラー / Midnight Rambler
12. バイ・バイ・ジョニー / Bye Bye Johnny
13. リップ・ジス・ジョイント / Rip This Joint
14. ジャンピン・ジャック・フラッシュ / Jumpin’ Jack Flash
15. ストリート・ファイティング・マン / Street Fighting Man
演奏はこの時代ならではの疾走感が熱い、スリリングなものだ。録音は鮮明だが、バンドのサウンドは暴力的なまでに汚く、激しく、刺激的だ。
ストーンズの映像作品としては、後にもっとカメラを何台も使い編集にも凝った完成度の高い作品もあるけれども、ショーアップされたスタジアムライヴとは違う、このノリに乗っていたヤンチャで最強の時代の生々しいライヴはまた一味も二味も違う。
セットリストも大好きな曲ばっかりだ。おなじみの名曲以外では、「スウィート・ヴァージニア」「デッド・フラワーズ」「オール・ダウン・ザ・ライン」「ビッチ」が入ってるのが嬉しい。
チャック・ベリーのカバー「バイ・バイ・ジョニー」を除けば、このセットリストの選曲は、ストーンズにとって直近3年分ぐらいの曲だけだ。シングルチャートで1位を取りまくっていた時期のヒットソングはすべて過去に置いてきて、ミック・テイラーが参加して以降の曲ばかりだ。
彼の加入によってストーンズは別次元のステージへ移行したと言っても過言ではないだろう。
ストーンズの創始者であるブライアン・ジョーンズや、現在まで40年以上も在籍しているロン・ウッドを差し置いて、非常に言いにくいのだけれども、わたしはたったの4年ほどしか在籍していなかったミック・テイラーのギタープレイが一番好きなのだ。
1975年に彼が脱退した理由はあまり明確なものではなかったが、傲慢な上司や変人の上司やヤク中の上司に振り回され、まるでいつ終わるともしれない乱痴気パーティーに巻き込まれたような気分だったのではないか。そのうえ四六時中追いかけられ、一挙手一投足が世界中から注目されているという狂気の沙汰だ。当時26歳の彼が逃げ出したくなるのもわかる気がする。しかし、あまりに早く飛び出してしまったのは若気の至りだったのかもしれない。その後のソロ・キャリアでも目立った活動や作品を残したとは言い難いのだ。
キースのソロ・アルバム『トーク・イズ・チープ』にも参加したテイラーだったが、1990年のインタビューでキースは以下のように語っている。
俺なんかはあいつと顔を突き合わせることが多いもんだから、俺もどうしてやめたのか聴いてみるんだけどね、するとあいつは『何でやめたのか、自分でもよくわからない』って言うんだよな(笑)。(中略)あいつは作曲もしたいし、プロデューサーもやってみたいし、自分のレコードも作ってみたいと思ったんだろうけど、結局、どれも、あまり形にはならなかったよな。(『CUT』1990年5月号)
また、16歳でストーンズのファン・マガジンを立ち上げ、メンバーとも親交の深かったジャーナリスト、ビル・ジャーマンによる1989年のインタビューは、当時、復活の噂が囁かれていたミック・テイラーの本音を引き出している。
僕は単刀直入に、ストーンズから依頼があればツアーに同行する気はあるかと質問してみた。
ミックは大前提としてまず、依頼は一切来ていないし、来るとも思っていないと明言した。「ただし」とミック。「万が一にもストーンズからいつか依頼が来るようなことがあれば、きっと引き受ける。以前にストーンズにいた時にとても楽しかったと記憶しているからね」
だったらなぜ脱退したのだろう。
「全般的なジレンマだな。ギターを存分に弾けていなかったというか、演奏で存分に表現力を発揮できていなかった。もちろん、ストーンズで自分がやってきたことが間違っていたとは思わないよ。ただ、生涯、あのバンドにいたいとは、正直、まったく思えなかったんだ」
辞めてから〝離脱症状〟はなかったのだろうかと僕は質問してみた。
「それはもう。そもそもあまりかしこい選択ではなかったよね、世界一売れているロック・バンドを去るなんて。でも当時はそうすることしか考えられなかったんだ。何か違うことをやってみたかった。具体的に何というのはなかったのに」(『アンダー・ゼア・サム』ビル・ジャーマン著 久保田祐子訳)
やはり拙速に辞めてしまったことを後悔しているのだ。
その後、ソロ・アルバムを作ったり、ボブ・ディランのような大物と共演したりもしているが、それだけでは生活していけなかったのだろう、多くの素人に毛の生えたようなバンドからの誘いにも節操なく応じ、小銭を稼ぐようなこともしていた。無名バンドにとっては彼の名前をCDジャケットに載せれれば箔がつくし、売れ行きにも多少は影響したことだろう。
ストーンズでのプレイはまさに天才的だったが、しかし正直、その後の人生ではその才能を浪費したとしか思えない。まあ、その後の人生が幸福なものだっかどうかなんて、本人にしかわからないには違いないが。
本作ではそんなミック・テイラーの素晴らしいプレイが堪能できる。
そしてミック・テイラーは、2012年11月に英国で、12月に米国で開催された、ストーンズの50周年ライヴに参加した。
「ミッドナイト・ランブラー」で往年のギタープレイを披露してファンを感涙させ、2013年〜14年のワールドツアーにはゲストミュージシャンとして公演に参加している。
これは嬉しいニュースだった。たとえゲストとしての扱いでも、もう一度ストーンズとプレイできたことは何よりだ。世界中のファンが、彼のプレイをもう一度聴きたかったに違いないのだ。
70年代の末から、ストーンズの音楽性も大きく変遷を遂げ、よりポップになったり時代や流行を意識したアプローチになったりということもあり、ミック・テイラーがそのまま在籍していたとしてもうまくいったかどうかはわからない。
しかしストーンズの黄金時代は彼無くしてはあり得なかったし、その時期の名曲の数々には彼のプレイを想定して書かれたものも多かった。そして彼は驚くべきセンスと技術で期待に応え、いつでもわれわれに興奮と感動を与える、一生聴き続けても飽きない素晴らしいレコードの数々を残してくれたことだけは確かなのだ。
(Goro)