1973年にテレヴィジョンを結成した、トム・ヴァーレインとリチャード・ヘル(75年に脱退)、そしてトムの恋人となったパティ・スミス、このどこか文学と芸術の香り漂う3人のおかげで、NYパンクにはクールなアートのイメージが付きまとう。彼らがいなければパンクは、ロックンロールバカとジャンキーのイメージに成り下がっていたのかもしれない。
テレヴィジョンの1stアルバム『マーキー・ムーン』は、単にNYパンクを代表する名盤というだけにとどまらず、その後のロックに大きな影響を与えた、ロック史に残る名盤だ。タイトル曲は、10分以上ある曲としてはロック史上最高の名曲に違いない。
美しくい狂気とでも言いたくなるような一度聴いたら忘れられないトムのヴォーカル、リチャード・ロイドのギターとのメタリックで醒めた響きのギターの絡み合い、独特のダークな世界観。クールなイメージが強いが、よく聴けばなかなか熱い演奏でもある。彼らのサウンドからは、すでにパンク・ムーヴメントの後にやってくるニュー・ウェイヴの響きまで聴こえる。
衝撃的なほど斬新なサウンドでありながら、親しみやすいメロディーも同居している。音を磨き上げ、美しいメロディーを創造し、情熱的に音楽を編み上げた、真に芸術的なロックと言えるだろう。
彼が愛用したギター、フェンダーのジャズマスターは、70年代のロック・ミュージシャンでは彼以外に使っている人をほとんど見ることもない、不人気なギターだった。
しかしその後に、NYアンダーグラウンドの帝王、ソニック・ユースのサーストン・ムーアがそれを使ったのは、リスペクトしてやまないトム・ヴァーレインへの憧れがあったからに違いない。ソニック・ユースはNYパンクの正統的な継承者なのだ。
フェンダー・ジャズマスターは、ダイナソーJr.のJ・マスシス、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの二人、他にもトム・ヨークやペイヴメント、マッドハニーなど、90年代のオルタナ勢たちが多く使用し、えらく人気が高かった。彼らもまた、トム・ヴァーレイン・チルドレンだったのかもしれない。
わたしもあの、チープな響きながら、どこか退廃や殺伐を感じさせるギターが好きだった。
ちなみにトム・ヴァーレインは、思春期にローリング・ストーンズの「19回目の神経衰弱」を聴いて、ギターを弾きたいと思い立ったのだそうだ。
パンクとアートを両立させたカリスマであり、オルタナティヴ・ロックの源流の一人だったトム・ヴァーレインは今日、短い闘病生活の末、ニューヨークでこの世を去った。73歳だった。その訃報は、パティ・スミスの娘であるジェシー・パリス・スミスによって発表されたとのことだ。
トム・ヴァーレインのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。