【きょうの余談】『PERFECT DAYS』

PERFECT DAYS : 作品情報 - 映画.com

いやあ、久しぶりにちゃんとした映画を見た。数年ぶりかもしれない。

出不精な上に最近はあんまりお金に余裕もないので映画館に行くこともないし、近所にあったツタヤもゲオもしばらく前になくなり、映画を見るといったらprime videoぐらいだ。それも1ヶ月に1本ぐらい。情報も何もなく、テキトーに選んで見ているだけなので、そんなに良いものには滅多に当たらない。「まあまあ」か「ぼちぼち」か「あらあら」ぐらいのものばかりだ。先月見たボブ・マーリーの伝記映画『ワン・ラヴ』も「あらあら」だった。

昨夜も「さて明日は休みだし、晩酌しながら映画でもみるか」と思ってprime videoを開いたら、この『PERFECT DAYS』がトップページに新着作品として出てきたのだ。2023年公開作品らしい。

映画の情報に興味がないのでまったく知らなかったが、わたしが日本の俳優でいちばん好きな役所広司が主演で、若い頃には全作品を見たほど好きだったヴィム・ヴェンダース監督作と知り、「よし、これにしよう」と即決したのだった。

現代の東京を舞台に、昭和の下宿屋みたいな古い木造アパートに住み、公衆トイレの清掃作業に従事する主人公の日常を淡々と描いた物語だった。

毎朝決まった時間に起床し、布団をたたみ、就寝前に読んでいた本を片付け、鉢植えに水をやり、歯磨きをし、自販機で缶コーヒーを買って軽ワゴンに乗り込み、カセットテープで古い音楽を聴きながら、現場へと向かう。几帳面なほど正確に繰り返す毎朝のルーティンだ。

そしていつもと同じ順番で公衆トイレを巡回し、手製の道具なども使いながら隅々まで迅速かつ丁寧に清掃作業を行う。いつものように神社の境内で弁当を食べ、古いフィルムカメラで木の写真を撮る。仕事が終わると銭湯で汗を流し、地下街の大衆食堂で幸福そうに晩飯を食べ、アパートに戻ると布団の中で文庫本を読みながら、就寝する。

傍から見れば、同じ毎日繰り返すだけの孤独な底辺職のうらぶれた生活なのだけれども、彼はその生活に彼なりの楽しみを見出し、満ち足りた表情で日々を送る。

2時間ちょっとの映画で、開始から1時間半ぐらいまで、主人公はほぼ喋らない。でもずっと見ていられる。彼のこの繰り返される日常を何日でも見ていたい、そして彼の過去を知りたいとも思わせる。

通勤の車の中で彼はオーティス・レディングやキンクス、ルー・リードやヴァン・モリソンなどの古いロックを聴いている。タイトルの『PERFECT DAYS』はそのルー・リードの楽曲から取られているのだと気づく。

休日には古本屋を覗き、100円の文庫本を買い、フォークナーやハイスミスや幸田文の小説を読む。そのあとは、彼がほのかな好意を抱いている女将(石川さゆり)が切り盛りする小さな居酒屋に足を運び、女将の十八番である「朝日のあたる家」に聴き惚れる。

そんな日常が繰り返される中で、ひょんなことから同僚の若者とその彼女を軽ワゴンに乗せた際に、車内にあったパティ・スミスのカセットを彼女が選んで気に入ったことから交流が生まれたり、家出をした姪がアパートを訪ねてきて翌日から彼の仕事を手伝ったり、その姪を連れ戻しにきた主人公の妹との会話から彼がどうやら富裕層らしい家族と絶縁状態にあるとわかったり、居酒屋の女将の元夫で癌に冒された男と出会ったりと、ヴェンダース監督の初期のロード・ムービーを東京の街の日常の中で再現しているようで、懐かしくも嬉しい気分だった。

癌に冒された男と河川敷で出会い、二人で缶チューハイを飲んでいると、ふと男が「影って、重ねると濃くなるんですかね」と呟く。主人公は「やってみましょう」と二人の影を重ねてみるが、濃くなったのかどうかよくわからない。癌の男が「何も変わらないのか」と呟くと、主人公は「何も変わらないなんて、そんな馬鹿な話はないですよ!」と声を荒らげる。何かが胸に突き刺さるような忘れがたいシーンだ。

映画の最後の方で少しだけ出てくる、癌に冒された男を演じたのは、わたしが日本の俳優で2番目に好きな、三浦友和だった。これもわたしにとっては嬉しいサプライズだった。

映画のラストは、車を運転する主人公の顔のアップだけのシーンが延々と続けられる。

主人公は泣いているようにも、笑っているようにも見える複雑な表情で前を見つめ、その表情は、これまでの生き方を思い返して、後悔しているようにも満足しているようにも見える。人の生き様の重さとその苦楽の長い道のりを表情だけで表現した、一生忘れられない、感動的なラストシーンだった。

長らく忘れていた、胸が熱くなったり締め付けられたりするほど映画に感動するということ、爽快で幸福な余韻に浸るといういうことを、久しぶりに味わった。ヴェンダース監督の作品はたくさん見てきたけれども、いちばん好きな作品になった。

最近は過去の職業柄、「映画なんてもう一生分以上見たから、死ぬまで見なくても構わない」なんて言ってたけれども、やっぱりときどきは見たいなと思うようにもなった。

(Goro)

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