U2
“The Joshua Tree” (1987)
80年代のリアルタイムの音楽が好きになれず、60年代や70年代のロックを聴いていたわたしだったが、80年代も後半になるともはやロックすら聴いていなかった。
2〜3年のあいだ、わたしはクラシックだけを聴いていた。バッハやモーツァルトやベートーヴェンといった、あのクラシックである。わたしが19〜22ぐらいの頃のことだ。わたしは独り暮らしをし、映画館に勤め、真っ暗な映写室で日々を過ごしていた。もはや行くところまで行った、誰とも交流のない、絶望的なまでに孤独な若者の姿が想像できると思う。
『ヨシュア・トゥリー』は1987年3月に発表された、U2の5枚目のアルバムである。全米チャート9週連続1位という快挙を成し遂げ、全世界で2,500万枚を売るメガ・ヒットとなった、U2史上最も売れたアルバムである。
日本でも大いに売れ、話題にもなったので、多少遅れたもののその翌年ぐらいには、現代文明に疎いわたしの耳にもその「U2」の名前は入ってきて、映画館の年下の同僚の薦めもあって、ならばちょっと聴いてみようかという気にもなったのだ。今思えばこれがちょっとした神のお導きみたいなものだったかもしれない。
『ヨシュア・トゥリー』のCDを購入して聴いてみると、久しぶりに現代に戻ってきた気分だった。少しその世界に馴染むのに時間はかかったけれども、その斬新なサウンドと、根底にあるルーツ・ミュージックの要素による力強さに、ようやく「本当に好きになれるリアルタイムのロック」に出会えたような気分だった。わたしはそのとき、22歳だった。
ちなみにザ・スミスやジザメリ、キュアーなどのインディー・ロックはまだわたしは一切その存在さえ知らない。彼らを知るのはもう少し後のことである。
【オリジナルLP収録曲】
SIDE A
1 ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネイム (約束の地)
2 アイ・スティル・ハヴント・ファウンド・ホワット・アイム・ルッキング・フォー (終りなき旅)
3 ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー
4 ブリット・ザ・ブルー・スカイ
5 ラニング・トゥ・スタンド・スティル
SIDE B
1 レッド・ヒル・マイニング・タウン
2 神の国
3 トリップ・スルー・ユア・ワイアーズ
4 ワン・トゥリー・ヒル
5 イグジット
6 マザーズ・オブ・ザ・ディサピアード
冒頭から、特徴的なジ・エッジのギターのイントロが、これぞU2!という感じで繊細かつ豪快に鳴り渡る。リズム隊のアグレッシヴなグルーヴはこのバンドが最高のロック・バンドだとわかるのに充分だし、ボノの情感と説得力あふれる歌声が合わさると、ただのロックンロールを超えた、強い意志と深い意味を持つ音楽となって、感動を誘う。
ロックの混迷期に、その周縁というべきアイルランドから生まれた、救世主のようなアルバムだった。
シンセ・ポップに暗黒ロック、ヘヴィメタにハードコアと、先鋭化・極端化していく英米の混迷のロックシーンから距離を置いた場所にいた彼らだからこそ、混迷の渦に巻き込まれず、新たな王道を切り拓くことができたのかもしれない。
本作はわたしを、現代に連れ戻した。わたしに、現代のロックをもっと聴いてみたいという気持ちにさせた。
以来、わたしはリアルタイムのロックを聴き始め、やがてやってくる、あの90年代ロックの熱狂の中に飛び込んでいくのである。
↓ アルバムのオープニングを飾る「ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネイム (約束の地)」。全英4位、全米13位のヒットとなった。MVはロサンゼルスでゲリラ的に撮影されて話題になったものだ。現場は混乱しているようだけれども、この頃のU2はまるで世界中を味方につけているかのように神々しいばかりだ。
↓ 全米1位、全英6位の世界的ヒットとなった「アイ・スティル・ハヴント・ファウンド・ホワット・アイム・ルッキング・フォー (終りなき旅)」。ゴスペルの要素を感じる、スケールが大きい感動的な名曲だ。
(Goro)