Nine Inch Nails
“The Downward Spiral” (1994)
ナイン・インチ・ネイルズは、ほとんどトレント・レズナーのソロ・プロジェクトだ。もう一人、アッティカス・ロスというプロデューサーが正式メンバーとして名を連ねているが、それ以外はゲスト・ミュージシャンを加えてレコーディングやライヴが行われる。
彼らの音楽は「インダストリアル・ロック」と呼ばれた。激しいビートや耳障りなノイズや気狂いじみた咆哮や絶叫で彩られた、過激で凶暴なエレクトロニクス・ミュージックである。
本作は1994年3月に発表された彼らの2ndアルバムだ。1stアルバムから5年が経っていたが、まるで彼らを待ち侘びていたかのように、本作は全米2位という爆発的なヒットとなった。
恐ろしく狂暴で破壊的。まるで拷問のように脳髄に突き刺さる殺人的なサウンド。当時聴いたときは、そんな印象だった。
そんなヤバいものをヘビロテするほど当時のわたしは病んでいなかったので、最後まで聴いたかどうかも憶えがないままCD棚の隅にそっと仕舞い込んでいたが、それから10年以上が経過した頃にあらためて取り出してみたら、これがまるで知らぬ間に熟成していたかのように良い具合の渋みと芳醇な香りすら感じるものに変化していたのである。
いや、もちろん変わったのはこちらの耳というか、感じ方なわけだが、あらためて聴いたきっかけはジョニー・キャッシュが本作に収録されている「ハート」をカバーしたMVにいたく感動したからだった。
あの拷問部屋みたいなCDにこんなの入ってたっけ?と思ったが、ちゃんと最後に入っていた。壊れた機械のようなアレンジだが、本質的には美しい曲だった。
その世界観を知った上でオープニングの「Mr. Self Destruct(ミスター自己破滅願望)」から順番にあらためて聴いてみると、これがなかなかイケるのであった。
確かに過激で狂暴ではあるが、同時にとても音楽的なのだ。地下の独房で咆哮する狂人が、時折とても美しく深い言葉で歌う声がコンクリートの壁に反響するような、ただ騒々しいだけではない、静と動の振幅が豊かな表現を生み出している。しかも商業主義的な要素が一切感じられない、純粋なアートのように高潔な音楽だ。
歌をかき消すノイズや金属的なビートも推敲が重ねられたようにちゃんと整理されているし、一本調子ではなく、全編を通じてさまざまな音色が楽しめる。時折入るアコギやピアノの音色がまた余計に際立って美しく聴こえる。
それにしても、ダンスパーティーで踊る音楽でもなければ、ドライヴ・デートの車中で聴くようなものでもない。どちらかというと夜中にヘッドホンで孤独に聴くような音楽である。
それが全米2位、400万枚以上も売れたというのはまあなんというか、恐ろしくヤバい時代だったのだなあとあらためて思ったりする。
↓ ロック史上最もカッコいいMVのひとつ「マーチ・オブ・ザ・ピッグス」。
↓ 米オルタナチャート11位、全英25位となった代表曲「クローサー」。
(Goro)