RCサクセション【名曲ベスト30】RC SUCCESSION Best 30 Songs
RCサクセションはリード・ヴォーカル&ギターの忌野清志郎、ギターの破廉ケンチ、ウッドベースの林小和生という中学の同級生3人で結成され、1970年3月にシングル「宝くじは買わない」でデビューした。 彼らの楽器はすべてアコースティック楽器で、当時流行のフォーク・グループのような体裁...
メジャーからマイナーまで、ロックが地上最強だった時代の名曲や名盤をお薦めしたりしなかったりするブログです。(2024年9月『ロックの快楽』より改題)
RCサクセションはリード・ヴォーカル&ギターの忌野清志郎、ギターの破廉ケンチ、ウッドベースの林小和生という中学の同級生3人で結成され、1970年3月にシングル「宝くじは買わない」でデビューした。 彼らの楽器はすべてアコースティック楽器で、当時流行のフォーク・グループのような体裁...
わたしがRCサクセションを知ったのは中二のときだ。1980年のことである。 当時、シングルでリリースされたばかりだった「トランジスタ・ラジオ」をラジオで聴いて、一瞬で好きになった。あの少年のようなユニークな声、当時流行のニューウェイヴ的なサウンド、そして中二の心に見事に突き刺さ...
井上陽水はロックだ。 初期陽水の編曲を手掛けたのは元モップスのギタリスト星勝だったし、早い時期からロンドンやロサンゼルスで現地ミュージシャンとレコーディングしたりと、そのサウンドは当時の日本のフォーク/ロックのレベルを遥かに超えたクオリティだった。 それにあのブッ飛んだ歌...
吉田拓郎、泉谷しげるときたら、次は井上陽水しかいないだろう。 デビューは拓郎が1970年、泉谷は1971年。陽水は二人より早く、アンドレ・カンドレの名前で1969年にデビューするものの成功を得られず、1972年に井上陽水の名前で再デビューした。ちょっと遠回りしたが、しかし結果的には2人...
1971年11月、吉田拓郎が独立系レーベルのエレックレコードから大手のCBSソニーへと移籍したのとちょうど入れ替わるようにして、泉谷しげるはエレックレコードからデビューした。 ライヴでは観客を大いに沸かせ、破天荒な歌から、ユーモラスな歌、心情をリアルに告白した歌や極めて詩的な歌...
1971年にデビューし、当初は親しみやすい音楽性と、高校を中退して底辺職を転々とする生活を送ってきた心情を吐露するリアリティあふれる歌詞が特長のフォーク・シンガーとして、吉田拓郎や井上陽水に次ぐ人気を誇った。 そして70年代後半になると、エネルギッシュな「都市」と移り変わる「時...
1970年のデビューから52年、それまでの歌謡曲ともフォークとも違う斬新な音楽で日本の音楽界に革命を起こしてJ-POPの礎を作り、数多くの名曲・名盤を残してカリスマ的な人気を誇った吉田拓郎は、2022年でその活動を引退すると発表した。 それはいかにも拓郎らしい、潔く、清々しい引...
吉田拓郎が今年限りで芸能活動を引退することを発表した。 まあ、これまでも何度か引退を匂わす発言をしてはその度に覆してきた、やんちゃで気ままな彼のことなので100%信じてはいけないのかもしれないが、しかし彼ももう76歳。早すぎる引退というわけでもないし、どうやら本気のようだ。 ...
岡林信康の名曲ベストテンの記事でわたしは彼を「日本語ロックの開祖のひとり」と書いたが、それを支えたのがはっぴいえんどだった。 1970年に岡林の2ndアルバム『見る前に跳べ』に参加したはっぴいえんどは、岡林のツアーにも同行し、まるでボブ・ディランとザ・バンドのように、岡林がフォ...
岡林信康と言えば、1960年代末から70年代初頭にかけての日本のフォーク・ブームの中心人物であり、象徴である。彼は「フォークの神様」と呼ばれた。 さらに、わたしは彼を日本語ロックの開祖のひとりだと思っている。 ボブ・ディランを手本にして、はっぴいえんどなどに手伝ってもらい...